第2回MeDi-B’AIシンポジウム「メディアとダイバーシティ――メディアに女たちの声は届いたのか?」報告

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  • 主催:メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)
  • 共催:東京大学 Beyond AI研究推進機構 B’AI Global Forum
  • 日時:2023年11月25日(土)12:00~15:10(二部制)
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 情報学環・ダイワユビキタス学術研究館 大和ハウス石橋信夫記念ホール
  • 言語:日本語

 

 2023年11月25日、第2回MeDi-B’AIシンポジウム「メディアとダイバーシティ――メディアに女たちの声は届いたのか?」が、東京大学本郷キャンパス 情報学環・ダイワユビキタス学術研究館3階 大和ハウス石橋信夫記念ホールで開催された。

 今回のシンポジウムは、「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」の6年間の活動の成果と課題について考えるのが狙い。第1部「メディアのジェンダーギャップ解消は進んでいるか?」ではテレビ、新聞という伝統的メディアで、第2部「デジタルメディアにおいていかにジェンダーが問題となるのか?」では新しいテクノロジーの中で、どのようなジェンダーをめぐる課題があるのか、議論が交わされた。


第一部 メディアのジェンダーギャップ解消は進んでいるか?

モデレーター:浜田敬子(ジャーナリスト、MeDiメンバー)
ゲスト:岸田花子(民放労連委員長、フジテレビ労働組合執行委員)
    中谷弥生(株式会社TBSテレビ取締役)
    中村史郎(朝日新聞社代表取締役社長)
    林香里(東京大学理事・副学長、MeDi座長)
報告:白河桃子(相模女子大学大学院特任教授、MeDiメンバー)
   「国内外メディアの現状と取り組み」


 第一部は、テレビ、新聞など伝統的メディアにおけるジェンダーギャップ解消の現状と課題について議論された。

 まず、東京大学理事・副学長の林香里氏が、メディアにおけるジェンダーギャップ解消の重要性について話した。メディア企業におけるジェンダー平等は、コンテンツづくりの際の感性や発想の偏りをなくし、組織の意思決定プロセスの透明性を担保するほか、プロフェッショナリズムを十分に発揮できる安心で安全な労働環境を保障することにもつながる。同時に、女性の社会参画が進まない日本において、本当の意味での民主主義の実現という大きな課題にも直結している。

 では、実際にメディア企業ではどの程度、ジェンダー平等が達成されているのだろうか。また働く側はどのような課題を抱えているのか。第一部では、その国内外の事例を見ながら、課題解消への糸口を探った。

朝日新聞社、TBSテレビでのジェンダーギャップ解消の取り組み

 はじめに、朝日新聞社取締役社長の中村史郎氏とTBSテレビ取締役の中谷弥生氏が、各社の取り組みと課題について報告した。

 朝日新聞社では、2020年4月に報道や事業を通じた発信と、その担い手のジェンダー平等をめざすとして「ジェンダー平等宣言」を公表し、毎年5月に目標の達成度を紙面で公開している。2022年10月には、意思決定層の女性比率が伸び悩んだことを背景に「ジェンダー平等宣言+(プラス)」を策定。女性リーダー育成のための新しい数値目標を立てると同時に、目標達成のための具体的なアクションプランを計画した。

 2023年現在、朝刊の「ひと」欄で取り上げる人物、朝日地球会議の登壇者は女性が半数程度になり、男性育休取得率は20年度の12.1%から22年度は71.1%を達成。しかし管理職の女性比率は20年度の13.3%から22年度も13.5%と伸び悩んでいる。

 中村氏は「朝日新聞社のジェンダーギャップ解消の取り組みは新聞業界の中では先進的だが、そもそも日本社会の中だけでも新聞業界はかなり遅れている。理想に対する達成率はまだ山の二、三合目だ」と述べた。

 TBSテレビでは、職場のジェンダーギャップ解消のため、一般的には無休の産前産後休暇を有休で、また法定日数よりも長く付与する産育休制度や、社内保育園の整備、ジョブリターン制度、男性育休取得の推進などに取り組んでいる。局長候補が受講するリーダー研修にも積極的に女性を送り込むようにするなど、女性リーダー育成にも意識的だ。

 2023年4月の社員全体の女性比率は23.9%だが、24年4月の内定者の女性比率は56%。プロデューサーや局長など管理職の女性比率は直近10年で20%を目標にしているが、2023年8月で15.7%を達成している。ただし女性役員は歴代2人しかおらず、なかなか登用が進まないという現実もある。

 中谷氏は「目標の5割は達成しており、次なる課題は役員の女性比率を上げること」としつつ、そのためにはゴルフ、会食といった商習慣がいまだ残る日本社会で多様な働き方と企業の成長をどう両立させるかなど解決すべき課題が数多くあることを指摘した。

ジェンダーギャップが生む従業員の働きづらさ

 では、働く側からはメディア企業のジェンダー格差はどのように映るのか。民放労連委員長の岸田花子氏は、当連合会の調査を引きながらジェンダー格差がいまだあることを指摘する。

 2022年の民放労連の調査によれば、全国で女性役員のいない民放テレビ局は全体の63.8%、ラジオ局は全体の72.4%に上る。これを役員全体の女性の割合にすると3%程度にとどまり、テレビ・ラジオ全体の無期雇用者における女性の割合(25.7%)と大きくかけ離れていることがわかる。また男女の賃金格差も依然として存在し、在京キー局だけでも正規雇用者は女性の賃金が男性の82.1%、非正規雇用者で68.3%という数字だ。

 メディアで働く女性たちからは、ジェンダーギャップ解消が進まない職場で、長時間労働や出産・育児などにまつわる制度の不十分さ、管理職の意識、登用や評価の偏りが働きづらさにつながっているという声が上がっている。特に地方ではロールモデルの不在が顕著で、それゆえ女性登用や労働環境の改善が進まないという課題がある。

 岸田氏は、朝日新聞社やTBSテレビの取り組みを高く評価し、「業界の生き残りにはジェンダーギャップ解消が必須。目標設定と具体的な計画立案のもと、ぜひ二社と同様の取り組みを業界全体でしてほしい」と主張した。

事例から考えるメディア企業のジェンダーギャップ解消のヒント

 日本のメディア企業では、労働現場における女性比率が上がっても意志決定層の女性比率はなかなか上がらない。相模女子大学大学院特任教授の白河桃子氏は、海外のメディア企業が同様の課題をどのように克服してきたかを報告した。

 #MeToo運動、新型コロナウイルス感染症の流行、Black Lives Matter運動を経て、アメリカでは、性別、人種、障害の有無、社会階層などを含む多様性の推進に経営戦略として取り組むメディア企業が増加している。さまざまな企業が、組織の体制や登用する人材、コンテンツに登場する人の多様性を向上するための数値目標を示し、定期的に実績を公表。全米公共ラジオ(NPR)のキース・ウッズ氏は、メディアの役割は今ある格差を超えて多様な視点を伝えることであり、多様な人々に共感できる人物像を示すことだと述べている。

 事実、欧米諸国では、女性の管理職比率が4割以上という国も珍しくない。その背景にあるのは、日本とは異なる働き方への意識だ。NHKの山本恵子氏、アイスランドの国営放送の編集長、フィンランドの新聞の元編集長が登壇したトークイベントで、「メディアは24時間必要とされているのでライフイベントとの折り合いがつかない」という山本氏の言葉に、他の二人は「仕事か家庭かの選択を迫られるのは、職場の仕組みの問題では?」「日本と北欧では労働文化が違う」と指摘したそうだ。

 中村氏は、女性管理職比率の伸び悩みの裏には、そもそも「長時間働く」「家庭を犠牲にして働く」という管理職の働き方の問題があるのではないかと見解を述べる。それを受けて白河氏が、北欧諸国では夜勤は子育ての終わった世代が担当するなどシフトに工夫があること、フランスでは「ワーカホリックの人を管理職にしない」という声もあることを紹介すると、会場に大きなどよめきが起こった。

 また一般企業の多様性の実現について取材をしてきたジャーナリストの浜田敬子氏は、特に男性の中間管理職の意識改革が重要だと実感しているという。例えば、リクルートでは女性管理職の伸び悩みの原因になっていた管理職の要件定義を見直す実験をしたところ、当該部署で女性管理職が倍増し、男性も従来とは異なるタイプが候補に挙がるようになったそうだ。

 林氏は、アメリカではアイビーリーグの名門大学8校のうち、6校が女性学長であることに言及し、トップの女性がゲームチェンジャーになる例も決して少なくないことに触れた。そして、メディア企業は業界の生き残りのためにも、民主主義社会を牽引するためにも、女性たちの力が必要だというメッセージを出していってほしいと締めくくった。



第二部 デジタルメディアにおいていかにジェンダーが問題となるのか

モデレーター:藤田結子(東京大学大学院情報学環 准教授、MeDiメンバー)
ゲスト:板津木綿子(東京大学大学院情報学環 教授、B’AI Global Forumディレクター)
    李美淑(大妻女子大学文学部コミュニケーション文化学科 准教授、MeDiメンバー)
    河野真太郎(専修大学国際コミュニケーション学部 教授)

 
 第二部は、デジタル領域におけるジェンダーの表象と、デジタル空間で展開されているフェミニズムやミソジニーから、デジタルメディアにおけるジェンダー表象について考えた。

メディア文化における性差別と性暴力

 最初に、大妻女子大学准教授の李美淑氏がメディア文化における性差別と性暴力について発表した。

 駅貼りポスターからウェブサイト、動画サイトの広告、近年SNS上で炎上した三重県志摩市の「碧志摩メグ」、サントリー「頂(いただき)」などの広告動画まで、日本には女性を性的に描く表象があふれている。また、AI技術の領域でも、生成AIで顔写真をもとにさまざまなアバターを作成するアプリで、男性がパイロットや弁護士などの姿をしている一方で、女性は露出の多い姿をさせられるといったことも起きている。

 女性を性的に眼差される存在として描くこと、つまり性的客体化することは、社会において女性が人格をもつ人間というより「道具化」されること、そして「そのようなモノ(そのためのモノ)」だと認識するよう強いることであり、それゆえ有害だといわれてきた。こうした有害性は、伝統的メディアからデジタルメディア、AI技術に至るまで受け継がれてきているのである。

 女性が性的客体化されたイメージであふれる環境に生きていれば、私たちは女性を対等な存在として扱う感覚を失い、女性たちの思う/感じることに対して無感覚な眼差しを内面化してしまうとされている。李氏は、これがひいては、社会全体が女性の性被害に対して無感覚になったり、女性が性暴力を誘発したなどのレイプ神話を強化したり、暴力の正当化を助長したりといった女性に対する歪んだ認識を蔓延させる原因にもなると警鐘を鳴らした。

デジタルメディアとポピュラー・ミソジニー

 専修大学教授の河野真太郎氏は、近年のメディア環境におけるミソジニーについて発表した。

 ジェンダー/フェミニズム研究者でありメディア研究者であるサラ・バネット=ワイザーは、インターネット上のメディアやプラットフォーム上で可視化されるフェミニズムを「ポピュラー・フェミニズム」、それに対する反動を「ポピュラー・ミソジニー」と呼んでいる。

 ポピュラー・ミソジニーとは、ポピュラー・フェミニズムが提示するフェミニズムの言説に「傷」を負わされ、「能力」を制限されているとする感情のことで、その特徴はメディアを媒介にして増幅していくことにある。その典型と言われるのが、2000年代からアメリカのインターネット上で見られるようになった「自分が“非モテ”なのはフェミニズムやフェミニストのせいだ」と恨みを募らせる「インセル」たちである。

 バネット=ワイザーの論はアメリカのメディア環境を背景としているが、河野氏はことにポピュラー・ミソジニーについては日本でも同じ現象が起きていると指摘。その顕著な例として2021年のオープンレター事件を挙げ、SNSと既存メディアが相互に巻き込み合いながらミソジニーを醸成していくメカニズムを説明した。

女性ロボットのメディア表象

 東京大学教授の板津木綿子氏は、女性ロボットのメディア表象について発表した。

 犬型のペットロボット「aibo」、アザラシ型の介護用・ペット用ロボット「パロ」、ウェブサイトやデジタルサイネージのチャットボットなど、人間と関わりのあるロボットをソーシャルロボットという。ロボットに託されているタスクには本来ジェンダー性はないが、ソーシャルロボットの中には人為的に「女性」「男性」と性別を与えられているものがある。

 その際、偏ったジェンダー観をロボットに投影することは、実害にもつながりかねない。2022年にインドで行われた調査によれば、男女ともに約7割が「人種や肌の色といったAIロボットの外見が購買判断を左右する」、約6割が「AIロボットを女性として表象することが販売促進につながる」と回答。男性の約5割、女性の約6割が「AIロボットに女性性を与えることは偏見の助長につながる」と懸念している。

 ロボットのジェンダー表象は、社会におけるジェンダー格差を広げる可能性をも持つと考えられる。8カ国語が話せて異文化間の商談が得意なアフリカの「オメイフェ」、インドの9言語と38の外国語が堪能なインドの教師ロボット「シャールー」など、非西洋圏では知能に優れ、専門的な機能を持った存在として表象される女性ロボットもいる。板津氏は、これらの女性ロボットが、今後ロボットのジェンダー表象がどうあるべきかを考えるヒントとなるだろうと指摘した。

 3人のゲストの発表終了後は、ソーシャルロボットにおける女性性と代替性について、ポビュラー・ミソジニーを助長させないための既存メディアの在り方について、表現の自由と人権の問題などについて活発な議論が交わされ、新しいメディアにおいてもジェンダー平等や人権意識などが重要であることが確認された。

新しい時代のメディア表現とMeDiの課題

 2017年に発足したMeDiは、メディアで働く実務家と研究者などの専門家がともにメディア表現、およびメディアにおける性被害やジェンダーギャップについて考察する場を作ってきた。この6年で、その影響は見えない形で、しかし確実に、主に伝統メディアのなかで結実してきたといえる。

 ただし、第二部で確認したように、社会や文化の在り方、そして影響関係は新しいテクノロジーの中にも流れ込んでしまっている。MeDiは、新しい時代のメディアや表現に今ある格差や権力の不均衡を温存しないよう、これからもメディア表現について考える場作りに取り組んでいく必要があるのだろう。


報告「MeDi活動の振り返りと今後の課題」
小島慶子(エッセイスト、MeDiメンバー)
治部れんげ(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 准教授、MeDiメンバー)


閉会挨拶
田中東子(東京大学大学院情報学環教授、MeDiメンバー)

報告者:有馬ゆえ(ライター)

第2回MeDi-B’AIシンポジウム「メディアとダイバーシティ――メディアに女たちの声は届いたのか?」開催のお知らせ

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2017年5月に結成された「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」は、2020年には東京大学Beyond AI研究推進機構 B’AI Global Forumの下部組織となり、これまで6年間にわたって活動してきました。この度、「メディアとダイバーシティ——メディアに女たちの声は届いたのか?」と題して、この6年間の活動の成果を問い直すためにシンポジウムを開催することになりました。
ご関心のある方はぜひご参加ください。


  • 主催:メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)
  • 共催:東京大学 Beyond AI研究推進機構 B’AI Global Forum
  • 日時:2023年11月25日(土)12:00~15:10(二部制)
  • 形式:対面のみ 
  • 会場:東京大学本郷キャンパス 情報学環・ダイワユビキタス学術研究館3階
       大和ハウス石橋信夫記念ホール
  • 言語:日本語
  • 参加方法:参加には事前申し込みが必要です。下記URLよりお申し込みください。
         https://onl.tw/KPtB1RB
        (定員100人/申込〆切 2023年11月20日(月))
  • お問い合わせ:medigender[a]gmail.com([a]を@に変更してください)

    ※定員を超えた場合は抽選とさせていただきます。ご了承ください。
    ※都合により、登壇者が変更になる場合がございます。


<プログラム>

12:00〜12:05  開会挨拶 (林香里 東京大学 理事・副学長)
12:05〜13:15  第1部 「メディアのジェンダーギャップ解消は進んでいるか?」

             浜田敬子(ジャーナリスト) ★モデレーター
             岸田花子(民放労連委員長)
             中谷弥生(株式会社TBSテレビ取締役)
             中村史郎(朝日新聞社代表取締役社長)
             林香里(東京大学理事・副学長)

         報告「国内外メディアの現状と取り組み」(白河桃子 相模女子大学大学院特任教授)
13:15〜13:40  休憩
13:40〜14:50  第2部 「デジタルメディアにおいていかにジェンダーが問題となるのか?」

             藤田結子(東京大学准教授) ★モデレーター
             李美淑(大妻女子大学准教授)「メディア文化における性差別と性暴力」
             河野真太郎(専修大学教授)「日本におけるポピュラー・ミソジニーの展開」
             板津木綿子(東京大学教授)「AIロボットのジェンダーをめぐるメディア表現」
14:50〜15:05  報告「MeDi活動の振り返りと今後の課題」
           小島慶子(エッセイスト); 治部れんげ(東京工業大学准教授)
15:05〜15:10  閉会挨拶 (田中東子 東京大学教授)


◎ 第一部 「メディアのジェンダーギャップ解消は進んでいるか?」

第一部「メディアのジェンダーギャップ解消は進んでいるか?」では、新聞やテレビといった伝統的なメディアに関わる方々にご登壇いただき、この間のジェンダーギャップ解消に向けた取り組み、メディア企業における組織的なダイバーシティ推進の状況や、推進していく上での課題についてお話を伺います。特に管理職や従業員の男女比率、ダイバーシティ推進の現状、意思決定層に女性が増えているなら、どのような変化が社内やメディアの内容に生じているのかなどについて、登壇者の皆様にお話しいただきます。


第一部 モデレーター

浜田 敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト/一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構代表理事/MeDiメンバー
1989年朝日新聞社入社。99年からAERA編集部。副編集長などを経て、2014年からAERA編集長。2017年3月末に朝日新聞社を退社後、世界12カ国で展開する経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。2020年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。2022年8月に一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構設立。2022年度ソーシャルジャーナリスト賞受賞。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)他。


岸田 花子(きしだ・はなこ)
民放労連委員長/フジテレビ労働組合執行委員/フジテレビLIVE STUDIO 業務推進部長
1995年フジテレビ入社。カメラ、マスター、スタジオデスク、計画部、システムなどを経て現職。主に技術職を歴任し、放送や番組作り、業務の仕組みに関わることが多かった。現在は、報道局・情報局・スポーツ局といったフジテレビの生放送を支える部署の編集設備やCG設備やそこで働く人、費用の管理を行うLIVE STUDIO 業務推進部の部長。2009年から、フジテレビ労組執行委員、民放労連女性協議会常任委員を務め、フジテレビ労組委員長、書記長、民放労連女性協議長などを経て、2022年から民放労連委員長を担当。


中谷 弥生(なかたに・やよい)
株式会社TBSテレビ 取締役
1992年東京放送入社。朝の情報番組のAD・Dを経て、報道局政治部記者として自民党・官邸・野党などを取材。その後、事業局ライセンス事業部、編成局編成部、営業局営業推進センター長、メディアビジネス局長(CS・海外・映画アニメ等)、DXビジネス局長(配信・SNS)を経て、2022年6月より現職。TBSテレビ73年目で初めての女性役員。現在は営業、アニメ映画イベント等マネタイズ部門を担当。


中村 史郎(なかむら・しろう)
朝日新聞社 代表取締役社長 
1963年生まれ。東京大学卒。86年入社。2013年東京本社広告局長。15年パブリックエディター。16年ゼネラルエディター兼東京本社編成局長。18年ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長。19年執行役員 編集担当兼ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長。20年代表取締役副社長 コンテンツ統括/デジタル政策統括/バーティカルメディア事業担当。21年代表取締役社長(現職)。23年日本新聞協会会長。


林 香里(はやし・かおり)
東京大学理事・副学長/大学院情報学環教授/MeDi座長
ロイター通信東京支局記者、東京大学社会情報研究所助手、独バンベルク大学客員研究員(フンボルト財団)を経て、2004年より東京大学に勤務。社会情報学博士。2020年から東京大学Beyond AI研究推進機構「AIと社会」部門 B’AI Global Forumディレクター(2020-2022年)、朝日新聞論壇時評筆者(2021/4-2023/3)、2021年4月より、東京大学理事・副学長(国際・ダイバーシティ担当)。


報告「国内外メディアの現状と取り組み」

白河 桃子(しらかわ・とうこ)
相模女子大学大学院特任教授/MeDiメンバー

東京生まれ、私立雙葉学園、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。住友商事、リーマンブラザースなどを経て執筆活動に入る。2008年中央大学教授山田昌弘氏と『「婚活」時代』を上梓、婚活ブームの火付け役に。働き方改革、ダイバーシティ、女性活躍、ワークライフ・バランス、自律的キャリア形成、SDGsとダイバーシティ経営、ジェンダーなどをテーマとする。講演、テレビ出演多数。



◎ 第二部 「デジタルメディアにおいていかにジェンダーが問題となるのか?」

第二部「デジタルメディアにおいていかにジェンダーが問題となるのか?」では、デジタルメディアにおけるジェンダーの表象や言説に関して、3名の研究者から話題提供をしていただきます。第一に、メディア文化と性差別・性暴力の問題、第二に、第三・四波フェミニズムとポピュラー・ミソジニー、第三に、AIロボットのジェンダー表象についてお話を伺い、デジタルメディアの時代特有の課題は何であるのかを整理し、議論していく予定です。


第二部 モデレーター

藤田 結子(ふじた・ゆいこ)
東京大学大学院情報学環 准教授/MeDiメンバー
コロンビア大学で修士号(社会学)、ロンドン大学で博士号(コミュニケーション)を取得。明治大学等を経て2023年より東京大学大学院情報学環准教授。著書に『文化移民ー越境する日本の若者とメディア』(新曜社、2008)、Cultural Migrants from Japan (Rowman & Littlefield, 2009)、『働く母親と階層化』(共著、勁草書房、2022)他。


板津 木綿子(いたつ・ゆうこ)
東京大学大学院情報学環 教授/B’AI Global Forumのディレクター
デジタルメディア技術と社会の接点、日常生活の営みにおけるメディア、レジャーと権力との関係について文化史社会史観点から研究。とりわけ社会的マイノリティの包摂、メディアの人種・エスニシティ表象など文化政治が研究テーマ。余暇活動の中で使われる人工知能の活用によって起こりうる排除や差別、そして同技術により可能となる包摂についても関心を持っている。フルブライト奨学生として米国南カリフォルニア大学に留学し、歴史学の博士号取得。2022年夏よりWomen in AI Asia Pacific Chapter Advisory Boardに就任。


李美淑(い・みすく)
大妻女子大学文学部コミュニケーション文化学科 准教授/MeDiメンバー
社会情報学博士。他者との「境界」がどのように(再)構築、強化されるのか、一方で、どのように「境界」を越え、他者との「連帯」が志向されるのかを、メディア、ジャーナリズム研究および歴史社会学的なアプローチで考察している。米ハーバード・イェンチン研究所訪問研究員(2012-2013)、東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム」特任助教(2014-2017)、立教大学グローバル・リベラルアーツ・プログラム運営センター助教(2018-2021)、東京大学大学院学際情報学府准教授(2022)を経て、現職。


河野 真太郎(こうの・しんたろう)
専修大学国際コミュニケーション学部 教授
専門は英文学と文化研究。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社)、『この自由な世界と私たちの帰る場所』(青土社)、『増補 戦う姫、働く少女』(ちくま文庫)など。訳書にアンジェラ・マクロビー『 フェミニズムとレジリエンスの政治』(共訳、青土社)、ウェンディ・ブラウン『新自由主義の廃墟で』(人文書院) など多数。



◎ 報告「MeDi活動の振り返りと今後の課題」

小島 慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト/MeDiメンバー

東京大学大学院情報学環客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員。学習院大学法学部政治学科卒業後、TBSに入社、アナウンス職として15年間勤務ののち独立。現在は東京と、家族の暮らすオーストラリア・パースの2拠点生活。日本国内では女性のキャリアやワークライフバランス、ジェンダーに関する講演、執筆およびメディア出演などの活動も数多く行う。第36回ギャラクシーDJパーソナリティ賞受賞。連載:『AERA』『日経ARIA』『VERY』他多数。著書『解縛(げばく)』『るるらいらい~日豪往復出稼ぎ日記』、小説『ホライズン』他多数。    

                    

治部 れんげ(じぶ・れんげ)
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授/MeDiメンバー

日経BP社にて経済記者を16年間務める。ミシガン大学フルブライト客員研究員(2006-07年)などを経て2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進協議会会長など。一橋大学法学部卒、同大学経営学修士課程修了。
著書に『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館)、『ジェンダーで見るヒットドラマ―韓国、日本、アメリカ、欧州』(光文社)、『きめつけないで! 「女らしさ」「男らしさ」:みんなを自由にするジェンダー平等』1~3巻(汐文社)等。


◎ 総括

田中 東子(たなか・とうこ)
東京大学大学院情報学環教授/MeDiメンバー

政治学博士。専門分野はメディア文化論、ジェンダー研究、カルチュラル・スタディーズ。1972年横浜市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科後期博士課程単位取得退学後、早稲田大学教育学部助手および助教、十文字学園女子大学准教授、大妻女子大学文学部教授を経て、2022年より現職。第三波フェミニズムやポピュラー・フェミニズムの観点から、メディア文化における女性たちの実践について調査と研究を進めている。著書に『メディア文化とジェンダーの政治学-第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社、2012年)、編著や共著に『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』(共編著、ナカニシヤ出版、2017年)、『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)等。

『いいね!ボタンを押す前に』刊行記念イベント第2弾「伝統的メディアがネットに呑み込まれないためには」報告

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  • 日時:2023年3月30日(木)19:30~21:00
  • 形式:ハイブリッド
       <会場> 読書人隣り(東京都千代田区神田神保町1丁目3-5 冨山房ビル6階)
       <オンライン> Zoomウェビナー
  • 言語:日本語
  • 主催:亜紀書房 & MeDi
  • 共催:東京大学Beyond AI研究推進機構B’AI Global Forum


 2023年3月30日、「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」のメンバーによる2冊目の書籍『いいね! ボタンを押す前に——ジェンダーから見るネット空間とメディア』(亜紀書房、2023年1月刊行。以下、『いいね!ボタン』)の刊行記念イベント第2弾がハイブリッド形式で開催された。今回のテーマは、「伝統的メディアがネットに呑み込まれないためには」である。3月1日に開催された第1弾「わたしたちの知らないインフルエンサー」で指摘されたテレビ・新聞とSNSの相互依存関係にさらに踏み込み、ネット世論を過剰に意識することで本来果たすべき役割の放棄が指摘されている伝統的メディアの現状について、メディア実務者と研究者、両方の視点から批判的な議論が交わされた。第2弾には、第1章「眞子さまはなぜここまでバッシングされたのか」を執筆したジャーナリストの浜田敬子氏、第2章「炎上する「萌えキャラ」/「美少女キャラ」を考える」を執筆した東京大学大学院情報学環准教授(2023年3月現在)の李美淑氏、第5章「スマホ時代の公共の危機──ジェンダーの視点から考える」を執筆した東京大学大学院情報学環教授の林香里氏と、モデレータとして第4章「なぜジェンダーでは間違いが起きやすいのか」を共同執筆したジャーナリストの白河桃子氏が登壇した。

ネットと言論

 議論は、今回テーマ選定のきっかけとなった林氏執筆の2023年2月23日付け朝日新聞論壇時評「ネットと言論 現実世界へと滲みだす混沌」を皮切りとして始まった。60年に渡る論壇時評史上初の女性筆者であり、ちょうどイベント当日に2年間の執筆を終え最終回を迎えた林氏は、伝統的メディアの世界とネットの世界が完全に分裂している現状において一体「論壇」とは何かという疑問から当該記事を書いたという。林氏が指摘するように、新聞が公共の議論の場としての力を失っていくのに対し、近年、ひろゆき氏や落合陽一氏などの有名人がネットを中心に世論形成にますます大きな影響力を振るっている。また、そもそも情報の発信力という側面でも、今日の新聞・テレビはYahoo!などのポータルサイトやソーシャルメディアに劣ると言われており、一方で内容においてもネット炎上に便乗するような報道が増えていると批判されている。

 なぜオーディエンスは伝統的メディアよりもネットインフルエンサーの発言に耳を傾けるようになったのか。言い換えると、なぜ伝統的メディアはジャーナリズムの担い手としての役割を十分に果たせなくなったのか。もちろん、デジタル時代における情報源の多様化などが要因としてあげられるが、それだけでは伝統的メディアに対するオーディエンスのそもそもの忌避感や不満が十分に説明できない。そこで本イベントでは、昨今の伝統的メディアそのものが抱える問題点を指摘することで、ネットとの健全な共存の道を模索するという方向で議論が展開された。

ジャッジを避ける伝統的メディア

 議論全体を通して取り上げられた伝統的メディアの問題点は大きく次の3つにまとめられる。第一に、「ジャッジを回避する」問題である。報道機関には、単に世の中の出来事を羅列して伝えるのではなく、民主主義社会への貢献という大きな使命の下で健全な議論に必要な情報と論点を提供し、あらゆる形の権力を監視・批判する役割が求められる。しかし、近年の新聞・テレビは、「客観中立」を建前として、批判的な視点が必要な事案においてでさえ明確な立場を示さず、当局の発表だけをそのまま伝えたり機械的な両論併記でリスクを避けようとしたりする傾向があると登壇者たちは指摘する。特に浜田氏は、第2次安倍政権になって政権のメディア報道に対する姿勢が強固となったことがメディアの萎縮につながったのではないかと分析している。この見解は、現在問題になっている、放送法の「政治的公平」の解釈をめぐる第2次安倍政権内の行政文書(首相官邸側が政権に批判的な番組を取り締まる方向で放送法の解釈を変更するよう総務省に働きかけた状況が記されている)からも裏付けられる。

 では、リスクを背負ってジャッジをするのは誰なのか。浜田氏によると、現在その役割はコメンテーターや専門家らに委ねられている。そうすると、炎上した時のネット世論の非難もコメンテーターら個人に向けられるという問題が生じる。本来ならその人たちを守らなければならないメディアが、「ファクトしか報じない」という態度で自分たちの役割を人任せにし、責任を転嫁しているのである。それに対し、インフルエンサーたちは刺激的な言葉で物事についてはっきり言い切るので、オーディエンスも、引いては伝統的メディアもますます彼らに頼るようになってしまうと白河氏は指摘する。

そもそも報じない問題

 伝統的メディアをめぐる2つ目の論点は、ジャッジをしないだけでなくそもそも「報道しない」という問題である。李氏の問題提起によると、ある時はネット上の騒ぎに過剰に反応する新聞・テレビが、ネットで大きく話題になっているトピックを全く報じなかったり、とても小さな扱いをするに留まることがしばしばある。そして特にその傾向が顕著に表れるのが性暴力事件だという。李氏は、ジャーナリズムの監視すべき対象である権力濫用の一種として性暴力が世の中に溢れているにもかかわらず、なぜそれらをもっと追跡・告発し、改善に向けた社会的議論を触発しないのかと強く批判する。

 特定のトピックを取り上げない理由としては、そのトピックが社会的にタブー視されている場合や、追及の対象とメディアが何らかの関係でつながっていて触れるにはメディア側の都合が悪い場合などが考えられる。最近、英BBCのドキュメンタリーによって浮き彫りになったジャニーズ事務所の性暴力問題に大手メディアが長い間沈黙してきたのはこの理由のためであろう。だが、それだけでなく、そもそも当該トピックをニュースとして取り上げるに値するものと認識すらしないケースも少なくない。登壇者は、その背景に、メディア業界における多様性の欠如、すなわち、組織の同質性/均質性という構造的な問題があると指摘する。『いいね!ボタン』で映画界の性暴力について書いた白河氏は、表現の現場にハラスメント問題が頻発する要因として「同質性のリスク」が深く関わっていると分析するが、メディアがこの問題を真正面から報道しないのもまた組織の同質性の高さに起因するところが多いという。つまり、映画界と変わらずテレビ業界もジェンダーバランスが悪くセクハラ体質が根強いため、性暴力を深刻な社会問題として認識しないということである。また、林氏も、メディア業界が日本人男性という均質的なグループに支配されている現状に言及し、同じ人たちの同じ目でしかニュースがつくられない限り、新しいニュースは決して出てこないと警鐘を鳴らす。

型にはめられた伝統的メディア

 独自の判断や批判もせず、多様な問題意識を取り入れた新しいニュースも発信しない伝統的メディア。それが体質化されていると、必然的に3つ目の問題が浮かび上がる。すなわち、「ニュースが型にはめられている」問題である。そして、これこそが伝統的メディアとネットメディアの間に差がついてしまう主な要因である。

 林氏は、伝統的メディアの報道がいかに画一化されているかを物語る一つの事例として、2022年7月に発生した安倍元首相殺害事件の時の報道をあげる。当時、大手新聞各紙の見出しは一言一句違わず同じであり、容疑者の母親が所属していた「旧統一教会」についても、当教会が記者会見をするまで全紙が揃ってその名を示さず「特定の宗教団体」としていた。新聞社側は「見出しというのはそういうものなんだ」と言っているそうだが、林氏の見解によれば、なぜそういうものになっているかを問わないところこそが問題で、やはり今の新聞・テレビは様々な表現方法があり得るにもかかわらずその可能性を追求せず、自分で自分の限界をつくってしまっている側面があるという。

質疑応答

 このような登壇者たちの議論からは、オーディエンスがますますネットの方に流れるのも当然のように思われる。それでは、他の参加者は、今日の伝統的メディアについて、また新聞・テレビとネットの関係についてどのような意見を持っているだろうか。

 議論に続く質疑応答の時間で、ある参加者は、ニュースメディアの中心がますますネットにシフトしている現状に対する登壇者らの懸念に対して、「今日、特に若者にとってはネットがあるから新聞や雑誌のコンテンツが届くのではないか」との意見を示した。それに対し林氏は、ネットが媒介する以上はネットというメディアの特性が必ず間に入るため、オーディエンス側では情報を受容するスタイルが紙で読む時とは全く異なるものになっていき、一方でメディア側ではPV(ペイジビュー)やCV(コンバージョン=ウェブサイトの成果指標の一つで、メディアサイトにおいては主に有料会員登録を指す)を得やすいコンテンツが優先的に選ばれ、「ついで見」に適合するニュースが主流になっていく中で良い報道の概念もジャーナリズムの定義も揺れてしまうと回答した。さらに浜田氏は、今の若い人はメディア企業の自社サイトでもなくほとんどYahoo!などのプラットフォームを利用していると指摘。そこではアルゴリズムの働きによってニュースが高度にパーソナライズ化されていて、まさにエコーチェンバーやアテンション・エコノミーの問題が深刻だと付け加えた。

 ここで言及されたニュースサイトとアテンション・エコノミーの問題に関連しては、ちょうど参加者から「ネットニュースのコメント欄にも様々なコメントが寄せられ議論が行われているので、多くの人をその場に呼び寄せるという意味ではアテンション・エコノミーにも良い側面があるのではないか」という意見が届いていた。李氏は、確かに数というのは重要な側面もあるが、今のネット時代にはクオリティの部分が混沌としている中で数だけが突出して重点化されているとの見解を示す。Yahoo!ニュースのコメント欄などを見ても、基本的には多くの「いいね」が付けられたコメントが上位に上がっており、そこにはマイノリティの声は含まれていないので、やはり数を優先するアテンション・エコノミーの中の議論というものには限界があると述べた。

 その他にも、オンライン参加者から「ヤフコメの中でマイノリティの心理的な安全性が守られていない状況がある」との指摘や「メディア報道で横行する不思議な中立主義について登壇者はどう思うか」といった質問が寄せられ、さらに議論が深まった。林氏は、ジャーナリズム研究ではすでに「中立」とは神話であることが長らく指摘されているのに、メディアは依然として形式ばかりの変な中立を守ろうとし、かえって報道を歪めていると批判した。

ネット時代にさらに求められる「信念」

 機械的な中立主義を含めて、本日取り上げられた伝統的メディアの諸問題は、実は全てが地続きでつながっている。林氏は、その根底にあるものとして、メディアの事なかれ主義、そして信念の無さを指摘する。何が社会にとって本当に良いのか。それを実現するためのジャーナリズムの究極的な目標は何なのか。今のメディアはそれらについてのきちんとした信念を持っていないがゆえに、ジャッジもせず画一的なニュースばかり機械的に生み出すのである。浜田氏も、どういう価値観に立って報道するかという信念がないまま色々な人の意見を提示するのを中立性とは言えないとし、メディアはまず自身の価値観をしっかり確立する必要があると強調した。

 新聞・テレビといった伝統的なジャーナリズムの担い手は、その社会的影響力や課せられた規範ゆえに、報道する上で様々な選択を迫られる。多数の意見を世論と捉えてそこに重点を置くべきか少数者の声をもっと拾うべきか、他局は報じていないこの問題を扱うかどうか、登場人物を実名にするか匿名にするか、ネットに流れている写真を使って良いかどうか、表現は極端だけど視聴率は取れそうな特定のインフルエンサーを起用するかどうか─。ネットの存在によってさらに難しくなったこれらの選択を前にして、各メディアが自身の信念を基準に据えないと、まさに型にはまったニュースしか出てこなくなる。誰に何を届けたいか、うまく届けるためにはどのように表現すれば良いか、ニュースを通じてどのような社会をつくりたいかを今一度真剣に考える姿勢が、ネット時代を生きる今の伝統的メディアに強く求められる。


報告者:金 佳榮(東京大学大学院情報学環 特任研究員)

『いいね!ボタンを押す前に』刊行記念イベント第1弾「わたしたちの知らないインフルエンサー」報告

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  • 日時:2023年3月1日(水)19:30~21:00
  • 形式:ハイブリッド
       <会場> 読書人隣り(東京都千代田区神田神保町1丁目3-5 冨山房ビル6階)
       <オンライン> Zoomウェビナー
  • 言語:日本語
  • 主催:亜紀書房 & MeDi
  • 共催:東京大学Beyond AI研究推進機構B’AI Global Forum

 

 2023年3月1日、「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」のメンバーによる2冊目の書籍『いいね! ボタンを押す前に——ジェンダーから見るネット空間とメディア』(亜紀書房、2023年1月刊行)の刊行記念イベント第1弾が神保町の会場とオンライン同時配信のハイブリッドで開催された。MeDiと亜紀書房の主催、東京大学B’AI Global Forum共催で開催された本イベントでは、著者8人のうち、序章と特別対談を担当したエッセイストの小島慶子氏、第3章「なぜSNSでは冷静に対話できないのか」を執筆した東京大学大学院情報学環教授の田中東子氏、第4章「なぜジェンダーでは間違いが起きやすいのか」を共同執筆したジャーナリストで東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の治部れんげ氏の3人が登壇し、「わたしたちの知らないインフルエンサー」というテーマで自身のメディア経験を交え議論を行った。

 冒頭、今回刊行された『いいね! ボタンを押す前に』について、企画背景を含め簡単な紹介がなされた。スマートフォンを手にしたことで誰もがメディアになる今日、一人ひとりに発信者としての責任をきちんと意識することが求められている。さらに、「一億総メディア時代」を可能にしたネットという空間がいったいどういう仕組みで動いているのか、それは個人や社会にどのような影響を与えており、どのような権力を行使しているのかについてもしっかり考える必要がある。本書は、このようなメディア時代を生きる上での入門書として企画されたという。

 そして、ネット空間の経済的構造やオーディエンスが受ける影響、ネットにおける世論のあり方などを考える上で一つの切り口となるのが、本イベントのテーマでもある「インフルエンサー」という存在である。近年、インフルエンサーと呼ばれる人たちがSNSをはじめとするネット空間で多様な活動を繰り広げている。しかし、オールドメディア時代の著名人とは違って、ある世界では圧倒的な知名度と発言力を誇る人が違う世界では全くの無名であることも稀ではない。その点で、今日のインフルエンサーとはネットという空間がいかに分断された世界であるかを示すシンボリックな存在ともいえる。このようなインフルエンサーたる人たちはどうやって生まれるのか。

 そこで登壇者は、ネット空間で誰もがついやってしまいがちな「いいね」ボタンを押すという行為に注目。誰かの書き込みへの賛同や支持を表すこの行為は、しかしそんなに単純な事柄ではないと指摘する。何気なく押してしまう「いいね」は、誰かに「1」という数を与えることでその分の力を付与する行為なのである。さらに、ネットにおける炎上や誹謗中傷が相次ぐ近年において「いいね」を押すことは、ある時は加害に加担することになり、ある時は知らないうちに自分を傷付けることにさえなり得る。そしてこの「いいね」をたくさん集めた人はインフルエンサーと名付けられネット空間で大きなパワーを得ていく。

 この日、モデレーターを務めた治部氏は、ネット時代になりSNSを中心にインフルエンサーという存在が登場したことでメディア界とアカデミアではどのような変化が起きたかについて、小島氏と田中氏それぞれに尋ねた。まず、30年近くテレビやラジオの仕事を続けており、その途中でツイッターなどSNSの普及を経験した小島氏は、オーディエンスとのラリーが非常に速くなったことがSNS時代になっての最も大きな変化だと述べた上で、過去と違ってマスメディアに出演しなくても数百万人のフォロワーがつく人たちが登場し新たにパワーを持つことが可能になり、それによって日本の芸能ビジネスも大きく変わってきていると説明。一方で田中氏は、従来のアカデミックな雑誌では書き手がほとんど男性だったがSNS時代になってからオーディエンスの支持がネット上で可視化されるようになったことで女性の書き手への仕事の依頼が増えたことは大きな変化であるとしながらも、ただ今度は「いいね」の数が絶対的になりすぎて、根拠が怪しい発言でも「いいね」がたくさん付けばあたかも真実であるかのように受け入れられてしまうという負の側面もあると指摘した。そこで小島氏は、本の中で対談した経済学者の山口真一氏による「ネット世論は世論ではない」ということばに言及。山口氏の研究によれば、ツイッター上でネガティブな発言をするのは実はユーザー全体の0.00025%に過ぎないという。それなのに、そのような発言が広がり炎上すると、それが「世の中の声」であるかのように見えてしまうのである。SNSを見て「みんなこう言っている」と思いがちだが、この「みんな」というのは全く「みんな」ではないし、「いいね」がたくさん付いたとして信頼して良いわけでもないので、ネット時代においては「数字に対するリテラシーを付けること」がますます重要になってくると小島氏は強調する。

 このように、ネット上で起きていることの真偽や世論の実態についてはまだまだ検証が必要な部分が多いのだが、それにもかかわらずネット炎上やインフルエンサーなどのインパクトがますます強まっていくのはなぜだろうか。登壇者は、既存メディアによるネットの扱い方が一つの要因であると指摘する。近年、ネットで盛り上がった話題がテレビと新聞で取り上げられることや、SNSのインフルエンサーがテレビに出演したり新聞で発言することが増えてきている。その中にはニュース価値や信憑性の面で疑わしいケースも含まれているが、既存のメディアがこれらを取り上げることでお墨付きを与えてしまっているという。ネタ探しのための過度なSNS依存、数字(視聴率やページビュー)目当てに極端な発言をするインフルエンサーの起用、そしてネット炎上に油を注ぐような報道ぶりなど、昨今の既存メディアについて様々な問題が指摘された。

 ただ、ここまで「いいね」で象徴されるネット上の世論らしきものについて批判的に語られてきたが、そこにある価値やSNSをはじめとするネット言論空間の意義が一概に否定されたわけではない。小島氏が述べたように、今まで政治の場で意見を聞いてもらえなかった人たちがネットで誰かを支持することによって力を得られ存在を可視化されることもあるし、その人たちの支持によってインフルエンサーになる人も確かにいる。また、治部氏によれば、政権与党に対する反対意見が即時に伝わり対応が求められるということはSNS以前の時代には不可能だった。一方、田中氏は、ネット炎上という言説が広まったことで、ある社会問題へのまともな指摘や是正を求めるまとまった声までもがただの「炎上」と軽んじられてしまうこともあると指摘した。

 このように両義性をもつネット言論空間だが、現代社会において、また民主主義において欠かせないメディアになっているからには、なんとかうまく付き合っていかなければならない。そのためにいま何が必要なのか。登壇者は、SNSのメカニズムやそれが私たちの体や心や欲望に与える影響についてしっかり議論すること、そして、ネットメディアはまだ黎明期なので今のうちにきちんとルールをつくり少しずつ設計し直していくことが重要だと述べた。また、田中氏は、意外と大事なものとして「エチケット」を挙げた。法や規制などではなく、参加する一人ひとりがこの空間を維持するための最低限の礼儀を持つことが必要だということである。さらに、SNSばかり使うのではなく、対面で人と人がきちんと話し合う場と組み合わせながら議論の空間を築いていくことが重要だとの見解も示された。

 この議論は、「Web3.0やAIや仮想空間がますます進化する現代において、それでも人間同士がネット社会で心地よく共存するためにはユーザー側にどのような心掛けが必要か」という参加者からの質問によってさらに続けられた。小島氏は、再び山口氏との対談を振り返り、メタバースなど、生身の体を離れたところで他人と出会うことが当たり前になっていく中で必要なのは意外にも「哲学」だという山口氏の見解に非常に共感したとし、「何が価値があり、何が私たちを豊かにし、何が私たちにとって尊いのか。一人ひとりがメディアになる時代なのでその一人ひとりがメディアを運営する上での哲学を持ってほしい。デジタル技術が進めば進むほどそのような原点が不可欠になる」と、山口氏との対話を通じて得た気づきを語った。

 今回のイベントは、インフルエンサーという切り口から入って、ネットと既存メディアの関係、そしてネット空間との上手な付き合い方にまで議論が広がった非常に興味深い時間となった。アテンション・エコノミー、すなわち、人々の注意と関心に値段がつけられ、フォロワー数もページビューの数もユーザーのウェブサイト滞在時間も経済価値に換算されるようなネット空間の仕組みに呑み込まれないためにはどうすれば良いか、オーディエンスでありながら発信者でもある一人として考えさせられる貴重な機会となった。


報告者:金 佳榮(東京大学大学院情報学環 特任研究員)

『いいね!ボタンを押す前に』刊行記念イベント第2弾「伝統的メディアがネットに呑み込まれないためには」開催のお知らせ

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「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」では、『いいね! ボタンを押す前に——ジェンダーから見るネット空間とメディア』(亜紀書房、2023年1月刊行)の刊行記念イベント第2弾を、2023年3月30日に開催いたします。開催情報の詳細は下記の通りとなります。

◇開催情報

  • 日時:2023年3月30日(木)19:30~21:00
  • 参加方法:<会場参加>と<ライブ配信視聴>の2つがあります。

         参加方法の詳細や申し込みについてはこちらをご覧ください。

        ※本イベントは有料となります。

  • 言語:日本語
  • 主催:亜紀書房 & MeDi
  • 共催:東京大学Beyond AI研究推進機構 B’AI Global Forum



◇登壇者

李美淑(東京大学大学院情報学環准教授)

白河桃子(相模女子大学大学院特任教授、昭和女子大学客員教授、ジャーナリスト、作家)

浜田敬子(ジャーナリスト)

林香里(東京大学大学院情報学環教授)

 ※出演者は変更になる場合があります。



◇趣旨

メディアはデジタル上が主戦場になっているとはいえ、いま新聞やテレビといった伝統的メディアはネット世論を過剰に気にしすぎてはいないか。
一方で、ネットで炎上することが予想されるのに、いやそれをむしろ期待して、記事を投下してはいないか。

どんなメディアもデジタル上での生き残りを模索しなければならない今、ネット世論と健全に共存できる道はないのだろうか。
メディアは何をどのように伝え、また伝えないのか。意思決定はどのようにされているのか。
伝統的メディアに慣れていない若い世代にささるにはどのようなコンテンツを作り、届けていく必要があるのか。

──「いいね!」ボタンの不用意な拡散にメディアが手を貸さないためにも、ネットとメディアの健康的な関係を考える。



◇お問い合わせ

金 佳榮(東京大学大学院情報学環 特任研究員)
kayoungk[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp([at]を@に変えてください)

『いいね!ボタンを押す前に』刊行記念イベント第1弾「わたしたちの知らないインフルエンサー」 開催のお知らせ

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この度、「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」では、『いいね! ボタンを押す前に——ジェンダーから見るネット空間とメディア』(亜紀書房、2023年1月刊行)の刊行を記念し、全2回のトークイベントを開催することになりました。その1回目の開催情報を下記の通りご案内いたします。



◇開催情報

  • 日時:2023年3月1日(水)19:30~21:00
  • 参加方法:<会場参加>と<ライブ配信視聴>の2つがあります。

         参加方法の詳細や申し込みについてはこちらをご覧ください。

        ※本イベントは有料となります。

  • 言語:日本語
  • 主催:亜紀書房 & MeDi
  • 共催:東京大学Beyond AI研究推進機構B’AI Global Forum



◇登壇者

小島慶子(エッセイスト、東京大学大学院情報学環客員研究員)

治部れんげ(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)

田中東子(東京大学大学院情報学環教授)

※出演者は変更になる可能性があります。



◇趣旨

以前だったら、有名人は自然と目にするものだった。

しかし現在では、自分が見ているメディア、よく使うSNSとは〈異なるネット空間〉で活躍する「自分が知らない有名人《インフルエンサー》」がたくさん存在する。

彼らはどんな人なのか、そしてどんな影響力を持つのか、みんな知らないうちに影響を受けているものなのか。そしてある日突然、テレビや雑誌で見かけるようになるインフルエンサーは、誰がどのように選んでいるのか──。

アテンション・エコノミーなど、強力なインフルエンサーを生むネット構造と旧メディアとの関係についても考察。

テレビに携わっている人と研究者を交え、「いいね!」を押す前に考える、あなたの隣のインフルエンサー。



◇お問い合わせ

金 佳榮(東京大学大学院情報学環 特任研究員)
kayoungk[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp([at]を@に変えてください)

MeDiワークショップ「性暴力報道を考える」報告

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 東京大学B’AIグローバル・フォーラムを拠点として活動する産学共同研究グループ「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」は2022年5月8日(日)、「性暴力報道を考える」というテーマで非公開のオンラインワークショップを開催した。政治、社会、教育、家庭など、様々な場で起こっている性暴力に対し、ジャーナリズムがどのように対応してきたのか、どのような課題があるのかを、報道現場の実務者らとともに検証し、より良い報道に向けて意見交換するための企画である。当日は、MeDiメンバーの山本恵子氏(NHK解説委員 名古屋放送局コンテンツセンター副部長)が進行役を務め、同じくMeDiメンバーで東京大学大学院情報学環准教授の李美淑氏、性暴力被害当事者ら団体Springの代表を務める佐藤由紀子氏、元朝日新聞記者で東京大学大学院情報学環特任教授の河原理子氏が登壇し、それぞれ、研究者、当事者、ジャーナリストの立場から性暴力報道をめぐる論点の整理と問題提起を行った。その後、グループに分かれて参加者それぞれの経験を交えながらディスカッションし、最後にその内容を全体で共有した。

  • 日時:2022年度5月8日(日)13:00-15:00
  • 形式:オンライン(Zoom Meeting)
  • 言語:日本語
  • 参加者:32名(MeDiメンバー、B’AIメンバー、メディア関係者)


性暴力報道とジャーナリズム ― 権力監視、公共性、メディアへの信頼

 冒頭の挨拶でMeDi座長の林香里教授(東京大学大学院情報学環)は、性暴力・性犯罪報道をジャーナリズムという大きなコンテクストの中に位置付けた時に考えるべきこととして、権力の監視、公共性の問題、メディアへの信頼という3つを取り上げた。林教授によると、ジャーナリズムの最も重要な機能は権力監視であり、性暴力というのは強制、権威、操縦などのストラテジーを使った究極な形の権力濫用であることから、この性暴力についてしっかり報道するのはジャーナリズムの果たすべき責任であると言える。しかし、圧倒的に男性によって振るわれてきたこの種の性暴力・性犯罪をジャーナリズムは監視しきれてこなかったのでその点を反省する必要がある。そして、2点目の公共性の問題について林教授は、公共性という概念に男性中心の考え方が横たわっている側面があるにもかかわらずこれまで非常にポジティブに捉えられてきたことを批判し、性暴力報道にあたっては公共性や公共圏などの論理を安易に当てはめるのではなく、女性やマイノリティ、被害者の視点から取材や情報公開のあり方について考える必要があると指摘した。最後にメディアへの信頼については、アメリカの映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクシュアルハラスメントを暴いたニューヨークタイムズの報道を話題に挙げ、ジャーナリズムの大原則ともされてきた十分な裏とりや実名証言が特に重視されるという面で、性暴力報道とはまさにその社会におけるメディアへの信頼度が問われるバロメーターのようなものであるとの考えを示した。
 林教授は、上記3点が日本の性暴力報道を考える際に非常に大きな挑戦として浮かび上がってくると述べ、歴史的、制度的な社会構造とも関わるこの根深い課題についてメディア研究者と実務者が一緒に考える機会になればと、本ワークショップに込めた願いを語った。


研究者・当事者・ジャーナリストによる論点整理

 開会挨拶に続く発表のセッションでは、まずMeDiメンバーで東京大学大学院情報学環准教授の李美淑氏が登壇し、研究者の視点から性暴力報道における問題点を整理した。最初に提示された内閣府男女共同参画局の「男女間における暴力に関する調査」(2021年発表、N=5000)によると、日本の女性の約14人に1人が無理やりに性交等をされた被害経験があり、被害を受けた女性の約6割はどこにも相談しておらず、その半数は相談しなかった理由として「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」と答えたという。なぜ被害者が恥ずかしさを背負わされるようになったかについて李准教授は、「性暴力とは『まったく知らない人』による『暴行脅迫』を伴った行為」という神話が背景にあると指摘する。ここで改めて性暴力の定義を確認すると、この言葉には、性的暴行/強姦、セクハラ、性的嫌がらせ、性虐待、性搾取、痴漢、ストーキング、画像や動画を許可なく取るまたは流布させるなど、「望まない・同意のない性的な行為や発言」全てが含まれる。そして、前掲の調査によると、性暴力行為の9割近くは、交際相手や親族、学校や職場の関係者など知り合いによって振るわれている。にもかかわらず、知り合いによる行為や暴行脅迫を伴わない行為は、そもそも性暴力として認められなかったり被害者側に疑いの目が向けられる傾向があり、恥ずかしさを押し付けられた被害者が沈黙する中、性暴力がますます許容、助長されていくということである。
 李准教授は、このような現状には報道のあり方も深く関わっているとし、性暴力報道に関する論点として、無報道という問題、報道内容の問題、報道における表現の問題を取り上げた。准教授によると、性暴力は長らく人々が知るべき価値のある情報と見なされず、マスメディアに取り上げられないことによって問題自体がなかったことにされてきた。特に日本では、政治家や著名人など社会的地位のある人から受けた性暴力の告発がメディアの無関心の中で揉み消されたりエンタメのネタとして消費される事例も多く、これらが沈黙を強いる社会的メッセージとなり被害者をますます萎縮させてきたという。一方、報道の内容については、性暴力を生み出す社会文化や男女の権力不均衡といった構造的背景には目を向けず、あくまでも「加害者個人の逸脱」や「事実関係を争う個人間の私的な問題」として扱う傾向が強く、その中の表現を見ると、被害者の「落ち度」に注目する表現、加害者とされる人の供述をそのまま伝える表現、「乱暴」、「わいせつ」、「みだらな行為」など性暴力を矮小化するような表現、「援助交際」や「枕営業」など性搾取をごまかすような表現が多く使われていると指摘した。李准教授は、これらがもたらす結果として、被害者側に責任があるかのような印象が作りあげられる、性暴力の深刻さが軽々しく伝えられる、レイプ神話が再生産されるなどの問題点を挙げた上、性暴力根絶のためにはよりサバイバーの視点に寄り添った報道が必要であると訴えた。

 続いて、性暴力被害当事者ら団体である一般社団法人Spring代表理事の佐藤由紀子氏が登壇した。ご自身が被害当事者であり、性暴力対策アドバイザーとして被害者や若年女性の支援に関わっている佐藤氏からは、これまで100件近くの取材を受けてきた経験に基づき、性暴力被害者にとって安心して受けられる/受けられない取材とはどういうものなのかについて知見を共有していただいた。
 佐藤氏はまず、被害者に安心して取材を受けてもらうために記者にできる工夫としていくつかの事前準備を提言した。例えば、インタビューで何を聞きたいかを事前にメールで知らせること、取材自体や質問内容について断っても良いという選択肢を与えること、インタビュー中にしんどくなったら休憩を入れても良いと事前に伝えること、記事を公開する前に本人に確認してもらい必要な場合は修正希望を伝えられるようにすることなどが提言された。そうすることで、取材を受ける側は「自己決定権」や「安全感」、「有力感」を確保できるという。ここで佐藤氏が強調したのは、これらは全て性暴力で奪われた感覚であるということだった。被害者が性暴力で体験した「不意打ち」、「驚愕」、「困惑」などの感覚を蘇らせないためにも、次にどんなことが起こるかを予想できる取材の場を作ることが大事だということである。
 それでは、逆に安心して受けられない取材とはどういうものかというと、佐藤氏は、質問の内容が漠然としている取材と自分の被害をジャッジされる取材を例として挙げた。前者は、どこからどこまで話せばいいか分からず、不意に聞かれた質問でトラウマ反応が強く出るかもしれないので不安になり、後者は、被害体験そのものを否定される可能性を孕んでおり、それがさらにWEB上でのセカンドレイプにつながる恐れがあるので不安になるという。また、被害の詳細を尋ねる質問として、「どうして」や「なぜ」と聞かれると強い自責感に駆られるようになるので、代わりに時系列を聞くような表現である「どういう経緯で」の方が良いとのアドバイスもなされた。
 最後に、これまで取材を受けてきて感じたこととして、女性の取材者だからといって必ずしも正しい理解があるわけではないことや、「被害にあった人は笑わないはず」とか「普通の日常を楽しむことができない」といったステレオタイプな被害者像を押し付けられるのはナンセンスであることなどが挙げられた。佐藤氏は、トラウマ回復のために必要なのはやはり「人とのつながり」や「社会での居場所」を感じられることであり、どちらも取材者とのやり取りでできていくものなので、それを大事にしていただければとの願いを付け加えた。

 続いては、元朝日新聞記者で30年近く性暴力取材に携わってきた河原理子氏より、取材する側として感じる課題や取材にあたって最低限知っておくべきことについて話していただいた。河原氏はまず、朝日新聞の過去記事で「性暴力/性的暴力」というキーワードが出現する記事件数の推移データ(1985年~2021年)を提示し、マスメディアによる性暴力報道の量的変化に言及した。データによると、1980年代には皆無に等しかった記事数が90年以降右肩上がりで増加し、ピークに達した2020年には300件を上回っている。河原氏は、この一つの要因として性暴力問題に関心を持つ女性記者の増加を挙げ、女性と男性の違いは被害経験が身近であるかどうかという経験値の圧倒的な差であると述べた。ただ、佐藤氏の話にもあったように、女性だからといって必ずしも正しい理解があるとは言えず、性別にかかわらず取材に関わる全ての記者は性暴力報道特有のスキルと知識を身につけなければならないと指摘した。また、性暴力報道には、取材そのものの難しさや事実確認の難しさがつきまとうだけでなく、社会や報道機関内部にも根強く存在する無理解や偏見に働きかけながら、「日常化された異常性」を明らかにして意識を変えていく姿勢が求められることも指摘した。 
 それでは、性暴力取材にあたって必要な知識にはどういうものがあるのか。河原氏は、事前に配布していた2つの資料、「性暴力被害取材のためのガイドブック」(性暴力と報道対話の会、2016)と「Reporting on Sexual Violence」(Dart Center Europe、2011)を参照しながら、性暴力取材で最低限知っておくべきこととして4点を挙げた。①基本ルールが異なる(企業や役所、有名人などを相手とする通常の取材とは違う態度が必要)、②トラウマ反応について知る(特に、被害者の自責感など)、③経験者の思いや反応は一人ひとり違うことを理解する(ステレオタイプな「被害者らしさ」を当てはめない)、④取材する人自身もダメージを受けることがあるので、セルフケアの必要性を知り予め備える。


質疑応答

 登壇者の発表の後は、参加者から事前に受け付けていた性暴力取材にあたっての悩みや質問に答える時間が設けられた。被害者のトラウマや二次被害の恐れなどを念頭において常に悩みながら奮闘している記者らが集まっただけに、「被害状況をどこまで詳細に聞けば良いか」「どこまで詳細に記事を書くべきか」「加害者の言い分をそのまま伝えても良いだろうか」など、取材過程や記事の執筆における具体的な質問が寄せられた。
 まず、「記事でどこまで表現するか」の問題について河原氏は、正解はないので毎回悩みながら書くしかないとした上で、被害状況の深刻さを伝えることを目的として詳細に書いたとしても別の興味で読まれてしまい二次被害につながる可能性もあることを念頭におく必要があると指摘した。また、インタビューの時に「どこまで聞くか」ということについては、これも唯一絶対の答えはないので相手をよく見て相談しながら進めるしかなく、自分の場合は、質問したい内容とその趣旨を伝えた上で、辛かったら答えなくても良いという選択肢を最初に明確に示して、不安なことがあれば遠慮なく言ってほしいと伝えるように努めていると述べた。このような進め方について、取材を受ける側である佐藤氏も賛同し、例えば、聞きたいことを箇条書きにして話せるところを被害者に選んでもらい、もし全部答えたくなければそれでも大丈夫だと伝える、といったようなやり取りをしていただければと補足した。
 一方、複数の参加者から寄せられたのが「加害者の言い分をどのように伝えれば良いか」という質問だった。報道倫理規定などにもあるように加害者側(被疑者、被告人など)からのコメントも伝えなければならないのは確かそのとおりであるが、どんな理不尽な言い分でも伝えなければならないのか、それが被害者をさらに傷つけてしまうのではないかと躊躇うこともあるという悩みの声であった。これに対して、河原氏は、自らの反省も込めて、原則として、どんな人であってもどんな内容でも言い分を聞くことは必要だと指摘。ただ、それで終わるのではなく、継続的に取材報道するなかで、主張の正当性やなぜそのように思ったのかを明らかにしていくことができるのではないかと答えた。一方、佐藤氏は、加害者の言い分が自分のインタビューと同じところにあるとやはり抵抗感はあるが、反証の機会を与える必要があることは理解しているので、一緒に掲載される予定であることを事前に知らせてもらえれば良いとの見解を示した。


グループディスカッション

 ここまでで全体会が終わり、ワークショップはグループワークのセッションに移った。参加者は6つのグループに分かれ、各自持ち寄った記事の事例などを材料として踏み込んだ議論を交わした。各グループで話し合われた内容をまとめると以下の通りである。
 まず、取材現場でぶつかる様々な壁について実務者の経験が共有された。李准教授が指摘した「無報道」の背景とも取れる話として、裁判で判決が確定していない現在進行形の事件は取り上げにくいことや、訴訟のリスクという現実的な問題があるという話が出た一方で、記者を萎縮させる要因の一つとして上がったのがセカンドレイプの問題だった。性暴力事件の実態として多いのは知人によるものやお酒が絡んでいるものだが、そのような事件ほど二次被害が起きやすいので、それについて報じることで被害者がネット上でのセカンドレイプに晒されてしまうのではないかというジレンマがあるということだった。この問題は、「被害者『らしさ』の再生産」との関連でさらに難しくなる側面もある。テレビのニュースで被害者の映像を編集する際に、ネット上で起こり得るバッシングを意識し派手な服装の場面を避けるなどといった自己規制が働くことがあるが、被害者を守るつもりでなされたメディア側のこのような選択がむしろ被害者ステレオタイプの再生産につながるのではないかという問題提起があった。
 一方で、加害者についてはどうかというと、李准教授の発表や事前の質問でも話題に上がったように、加害者とされる人のコメントをそのまま伝えることに問題を感じるとの声が複数の参加者から上がった。ここで言及されたのは、犯行動機として出てくる「むらむらしてやった」という表現だった。本当に加害者の言い分なのか警察の定型文なのかも不明なこの表現については、それが繰り返しニュースに登場することで性暴力・性犯罪を過小評価してある種の神話が強化されかねないという問題や、それを女性のアナウンサーに読ませることでそのニュースが不適切な形で消費される恐れがあるといった問題が提起された。
 また、さらに大きな文脈の話として、個々のケースの報道だけではなかなかその背景にある抑圧の構造までは描けないという指摘もあった。性暴力はどうしても個人間の問題に矮小化されやすく、背後にある性差別や権力関係までは議論されないまま話が終わってしまうということだった。  
 このような様々な課題に対して、その背景にメディア産業そのもののセクハラ体質やダイバーシティの不足といった構造的な問題があるのではないかとの意見も出た。最近、映画界では性暴力を告発する被害者の声が相次ぎ、メディア産業に根強い性搾取とセクハラの深刻さが露わになっている。ある参加者は、やはり管理職の中で性暴力がメインストリームの事案として認識されておらず、報道の優先順位でも低く評価されてしまう問題は確かにあると語った。

 それでは、性暴力根絶につながるより良い報道のためにはどのような取り組みが可能だろか。グループセッションでは、問題の指摘だけでなく解決に向けた前向きな議論も交わされた。まず、セカンドレイプの防止策として、自殺に関する記事の最後にホットラインが載るのと同じように、性暴力報道でも記事の最後に二次被害についての説明を付けるようにすると、注意喚起できるとともにオーディエンスの中でも「それはセカンドレイプですよ」と指摘する雰囲気を広められるのではないかという意見が出た。一方、TikTokの場合はセカンドレイプになるような投稿をAIで感知しアラートを出したら実際に不適切な投稿が減少したということで、Twitterなどにもそのようなテクノロジーを導入したらどうかという技術的な対応策も提案された。また、そもそも記事の書き方を社会的な不公平を指摘し公正さを追求していくような書き方にすれば二次被害をある程度抑えられるのではないかという意見もあった。
 一方、個々の事件の構造的背景が見えてこないという問題については、ある事件について報道する際に、類似した環境で起きた他のケースを集めグルーピングして報じるという案が示された。例えば、学校の中で起きたことなら、似たような被害の声を集めて「学校の中の性暴力」という形でグルーピングして伝えると、全て同じ権力構造の中で起きているということが見えやすく、もっと社会に訴えられる形にできるのではないかという意見だった。
 そして、社内の研修や勉強会の重要性も改めて強調された。研修や勉強会はもちろん社員教育という面で第一の効果があるが、それだけでなく、社内に同じような問題意識を持っている人たちがいることを可視化できるという面でも重要であるということだった。さらに、報道全体の構造に関わるプロセスや認識を変えていくためには個別機関の努力だけでは難しいので組織を超えて横の連携を強化していかなければならず、本日のワークショップのような機会をもっと増やす必要があるとの意見もあった。

 全体の内容が終わった後、登壇者の佐藤氏と河原氏に本日の感想を述べていただいた。佐藤氏は、多岐にわたる話を伺えてよかったという感想とともに、#Metoo運動が盛んに行われている中で声を上げられない被害者たちのモヤモヤを耳にすることも多いとして、声を上げる/上げないは自分の選択であって他人に強いられるものではないことから被害者がそのようなプレッシャーを感じる必要は全くなく、ただ大事なのは声を上げたいと思った時にそれができる土壌があるかどうかということなので、そのためにご自身も尽力していきたいと語った。河原氏は、一人では解決できないことがたくさんあるということがこの場で共有できたと述べ、とにかく取材を続けていって論評や企画など様々な形で発信していくこと、このように組織の枠を超えてつながり、諦めずに、問題意識を共有する仲間を増やしていくことが大事だと強調した。
 性暴力報道に関してはこの場で議論できていない課題がまだまだ山積みである。ただ、同じ問題意識を持つ人々が集まりアイディアを出し合うことで少し希望が見えてきたのも確かである。このような横のつながりを強固にするためにも、MeDiとして引き続きこのテーマに注目し、より良い報道に向けた場づくりに取り組んでいかねばと考える重要な機会となった。


報告者:金 佳榮(東京大学大学院情報学環 特任研究員)

MeDiワークショップ「衆議院選挙報道とジェンダー表現を考える」報告

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 B’AI グローバル・フォーラムを拠点として活動する産学共同研究グループ「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」は2021年12月5日(日)、「衆議院選挙報道とジェンダー表現を考える」というテーマで非公開のオンラインワークショップを開催した。

 2021 年 10 月 31 日に行われた第 49 回衆議院議員総選挙。2018 年に「政治分野における男女共同参画推進法」が成立し、2021年には「ジェンダー平等」が流行語大賞のTop10入りするほどジェンダーの問題が社会課題として大きく浮上したが、それにもかかわらず今回の衆院選は当選者の女性比率が9.7%と改選前を下回る残念な結果となった。このような結果を受けて、本ワークショップでは、日本の政治の場で女性が増えない理由を選挙報道の課題と関連付けながら検討し、今後ジェンダー格差の改善に向けてメディアにできることは何かについて議論を行った。ワークショップにはMeDiとB’AI グローバル・フォーラムのメンバーの他、報道の現場でジェンダー課題に取り組んでいるおよそ30人のメディア実務者が参加し、MeDiメンバーの小島慶子氏(エッセイスト)がファシリテーターを務めた。

  • 日時:2021年12月5日(日)13:00-15:00
  • 形式:オンライン
  • 参加者:46人(MeDiメンバー、B’AIメンバー、メディア関係者)

 冒頭の開会挨拶でMeDi座長の林香里教授(東京大学大学院情報学環、東京大学副学長、B’AIグローバル・フォーラムディレクター)は、今回のワークショップのテーマとして選挙を選んだ理由について、様々な政治報道の中でも最もダイバーシティが欠けているのが選挙報道であるという点を挙げ、現状のままでは選挙報道というものがますます私たちの日常から離れてしまい投票率の低迷にもつながりかねないとの懸念を示した。いかに選挙報道に幅を持たせることができるか、また政治の場でジェンダーバランスを確保するためにメディアはどのように貢献できるか。これらの質問について、参加者で議論するに先立ち、政治とジェンダーの関係を専門とする上智大学法学部の三浦まり教授にご講演をいただいた。

上智大学・三浦まり教授の講演「総選挙報道とジェンダー」

 三浦教授はまず最初に、報道において女性政治家がどのように表象されることが多いのかについて、政治報道が日本よりジェンダー化されているアメリカの研究を紹介した。それによると、アメリカの報道では、女性政治家の場合、男性と比べて私生活や容姿、感情を吐露する場面に焦点が当てられる傾向が強く、自身の能力よりも父親や夫など有力な男性との関係が強調されがちで、声については否定的にコメントされる(高いとリーダーに相応しくないということで、逆に低いと男性の真似をするということで)ことが多いという特色がある1。このような表象の結果、女性は感情的であり、政治家としての能力より見た目の方が重要で、リーダーには向いていないというメッセージが作り出されるということである。また、政治家だけでなく企業の経営者なども含め、権力的な地位にある女性が報道の中でどのように扱われるかを分析した別の研究もあり、そこでは女性の描き方として「性的な存在、母親、飾り、 鉄の女」という4つのステレオタイプが指摘されているという2

 次に、ジェンダー問題の扱いという観点から三浦教授は日本の最近の選挙報道を振り返られた。教授によると、2018 年の「政治分野における男女共同参画推進法」成立以降、女性議員の少なさや女性が抱える障壁について取り上げる報道はかなり増えている。しかし依然として課題は多く、例えば女性候補者・議員が増えない理由について最も説明責任が問われるはずの各政党に対し、メディアが責任追及の役割を十分に果たしたかについては検証が必要であると指摘した。また選挙報道にダイバーシティがない要因の一つでもある選挙制度の構造的な問題についてももっと取り上げなければならないと付け加えた。 

 これらの内容を踏まえて今回の総選挙がどうだったかを見てみると、まず目立つのは有権者によるSNS上での投票呼びかけがとても増えたこととその影響で政策争点が多様化したことが挙げられると三浦教授は説明する。そうした中で、ジェンダー平等はちゃんと争点になっていたかというと、マスメディアの縦割り組織を背景に、社会部などが普段報じていた「コロナ禍の女性への打撃」のようなジェンダー関連問題が政治部の選挙報道とつながらず結局前景化しなかった側面があったという。一方で、それなりにジェンダーの争点を取り上げていた立憲民主党や日本共産党が議席数を減らしたということで、「ジェンダーの話はやはり票にならない」というシニカルな見方が浮上したが、これについて三浦教授は、日本の場合小選挙区という構造的な理由などによってそもそも政策を争点とする選挙戦になりにくいのが背景にあると指摘する。小選挙区になって明らかに投票率が下がっており、そのような構造の中では争点が多様化したといっても結果を支配するのは依然として「政党支持」と「経済」の2つであるが、だからこそメディアの役割が重要で、全体の構造を変えていくためには小選挙区の特色を意識した報道や一票の価値を実感させるような報道がもっと必要であると強調した。


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1 https://theconversation.com/five-ways-the-media-hurts-female-politicians-and-how-journalists-everywhere-can-do-better-70771
2 Carlin, D.B. and K. L. Winfrey. 2009. “Have you come a long way baby? Hillary Clinton, Sarah Palin, and sexism in the 2008 campaign coverage.” Communication Studies 60: 326-343.

実務者からの問題提起

  続いて、MeDiメンバーの山本恵子氏(NHK名古屋拠点放送局報道部副部長)と浜田敬子氏(ジャーナリスト)が、実務者の観点から選挙報道とジェンダーの問題についての論点を整理した。

 第一の論点として挙げられたのは「公平・中立な報道」の限界についてだった。公平・中立とはこれまでマスメディアの選挙報道において大原則とされてきたが、今回よく言われていたのは、「公平・中立な報道」を意識するあまり当たり障りのない報道しかされず、特にテレビの場合は報道量自体が少なかったのではないかということであった。その結果、争点などを掘り下げて分析するというところまではできず、本当に有権者に参考になるような情報が発信できたかについて問題意識を持っていると山本氏は語った。

 次に、「ジェンダー争点化の実践と課題」について浜田氏は、近年の選挙では候補者や政党へのアンケートの中に「選択的夫婦別姓」や「同性婚」などシンボリックな質問が入っていてその面ではジェンダーが争点化してきた感じがするが、一方で、例えばコロナ禍における女性の困窮や社会保障制度など大きな社会構造との関連でジェンダーを争点化していたかというとまだまだ足りないところが多いと指摘した。 

 最後に、「今後の選挙報道の課題」については、有権者の関心を高め、かつ女性議員を増やしていくためにも、選挙の前後だけでなく普段からジェンダーなどの争点について発信し続けることが大事であるということでまとめられた。

ブレイクアウトセッションでの議論

 全体セッションの後は、40分間のブレイクアウトセッションが設けられた。6-7人で1つのグループとなり、全部で8グループがそれぞれ持ち寄った記事や番組の事例を材料に今回の選挙報道における問題点と今後の改善策について意見を交わした。

 各グループで議論された内容をまとめると、共通して話題に挙がったのは、報道現場で感じたジェンダー問題を取り上げることの難しさだった。新聞やテレビのようにマスに向けて情報を発信するメディアの場合、限られた枠の中でジェンダーという話題をどこまで特化して伝えられるかといった時に様々な要因が壁となるということである。その要因の一つとして挙げられたのが、実務者からの問題提起にもあった「公平・中立な報道」の原則である。この原則の下ではどうしても政党間の出演者数や露出時間など量的な公平性が優先されるため、争点となる社会問題に踏み込んでニュースにするのがなかなか難しく、その中でも特にジェンダー問題は後回しにされやすいという。というのも、ジェンダーの話題を取り上げようとすることへのバックラッシュが社内に実際存在するということで、「ジェンダーの話は緊急性がない」「余裕のある人の話題」「数字が取れない」などの反応にしばしば直面するという悩みが共有され、意思決定層をはじめメディア組織内のダイバーシティへの認識がいかに不十分なのかが窺えた。

 一方で、選挙報道にダイバーシティを持たせにくいもう一つの構造的な要因として「縦割り組織」というキーワードが頻繁に登場した。例えば、ジェンダーの問題とは単体として存在するのではなく様々な社会問題とつながっているので、政治部と社会部が連携することでジェンダーを含めてより多様な争点に目を向けることもできるはずだが、実際は報道局の中で政治部の地位が非常に高く縄張り意識も強いため、政治部から情報を共有してもらうことも選挙報道に他部署が関与することもなかなか難しいという。さらに、最近の若者の関心事にはジェンダーに限らずアニマルライツや気候変動など、政治・経済・社会を横断する多様なテーマが多いが、そういうところにも縦割りの閉鎖的な構造ではうまく対応できないという側面があり、若年層の政治参加を促すためにも縦割りの問題は変えていかなければならないという問題提起がなされた。

 これらの限界を踏まえた上で、今後の選挙報道のためにどのような取り組みが必要なのかについてまとめると、まず、「公平・中立な報道」の原則がもたらす困難への対策として、発信方法の多様化という観点からデジタルを積極的に活用するという案が提示された。デジタルには尺や紙面の制限がなく、さらに縦割り構造の縛りも比較的緩いので、そのような強みを活かせば社会問題と各政党の政策や争点をちゃんと結び付けた上で面白くて分かりやすい情報発信ができるのではないかという意見であった。

 また、有権者に必要な情報をしっかり伝えるという観点では、報道の期間というのを見直す必要があるとの指摘も出た。選挙期間はとても短いのでその期間だけでは十分な情報を提供できないし、例えば女性議員が増えない理由などについては候補者が決まっている段階で取り上げてもあまり意味がない。そのため、そのような問題提起をより有効に行うために、選挙報道という括りではなくて政治報道という括りで中長期的に取り組んでいくことが重要ということである。そうすることで、公示前、つまり「公平・中立な報道」の縛りが厳しくなる前に様々な伝え方を試みることができるし、選挙が終わった後も各有権者の投票行動に影響した要因についてしっかり分析するような報道ができるだろう。

 最後に、全体的な議論は主に選挙報道においてジェンダーを取り上げることの難しさを中心に進められたが、実際は過去と比べると最近では報道量も増えつつあり閲覧数や視聴率も伸びているということなので、そこは前向きに評価しなければならない。ただ、メディア内部には依然として「ジェンダーは数字が取れない」という考えを持ち続けている人が多いので、エビデンスに基づいてその感覚的なズレを払拭し、社内でまずジェンダーというテーマを正しく評価することが重要であると指摘された。もちろん大前提として、「数字を取れる/取れない」ではなくこれがいかに大事な問題なのかを発信する側がしっかり認識しなければならないということはいうまでもない。

 ここまでの各グループの発表を受けて、ワークショップの最後は三浦教授の感想で締め括られた。報道現場でジェンダー課題に取り組んでいる方々の話からやはりバックラッシュが起きているということを改めて実感したという三浦教授は、バックラッシュとの戦い方の一つとして、一人ひとりの生きづらさを伝える際に、その生きづらさを作り出している制度にもしっかり目を向け、さらにジェンダーを横串として刺していくという伝え方があり得るだろうと述べた。そして、なぜ女性議員を増やさなければならないのかという根本的な話にどのようにもっと説得力を持たせられるかという参加者の悩みに対し三浦教授は、その議論は女性だけでなく男性にもメリットがあるといういわゆるメリット論になりがちだが、そのようなフレームで話が進んではならない、ジェンダー平等というのはメリットの問題ではなく、人権の問題であり民主主義の問題であるということを伝える側がまずしっかり認識しなければならないのである、と強調された。


報告者:金 佳榮(東京大学大学院情報学環 特任研究員)

MeDiワークショップ 「オリンピック・パラリンピック報道とジェンダー表現を考える」

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 B’AI グローバル・フォーラムを拠点として活動する産学共同研究グループ「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」は2021年8月28日(土)、「オリンピック・パラリンピック報道とジェンダー表現を考える」というテーマで非公開のオンラインワークショップを開催した。

 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会は、大会のビジョンの一つに「多様性と調和」を掲げ、それを実現するためにジェンダー平等の推進を重要な課題として設定していた。実際、オリンピック出場選手の約49%を女性が占めるようになり(パラリンピックでは40.5%)、男女混合種目も前回リオ大会から倍増して計18種目となったことやトランスジェンダー選手が出場する史上初の大会となったことなど、形式的な面ではジェンダー平等に一歩近づいたと評価される。一方で、大会を人々に伝える「報道」の面ではどうだったか。大会期間中に開かれた本ワークショップでは、メディアの現場でジェンダー課題に取り組む実務者と研究者が集まり、今回のオリンピックにおける報道の具体例を挙げながらジェンダー表現の実状を検証し、より良い報道の実現に向けて意見交換を行った。

  • 日時:2021年8月28日(土)10:00~12:00
  • 形式:オンライン
  • 参加者:32人(MeDiメンバー、B’AIメンバー、メディア関係者)

オリンピックに関する様々な論点

 ワークショップは、ファシリテーターを務めたMeDiメンバーの治部れんげ氏(ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)のガイドに沿って「①全体で問題意識を共有 ②グループワーク ③各グループで話し合った内容を発表」という3部構成で行われた。

 冒頭の開会挨拶で、MeDi座長の林香里教授(東京大学大学院情報学環、東京大学副学長、B’AIグローバル・フォーラムディレクター)は、オリンピックとは近代という時代のあらゆる負の側面、すなわち帝国主義、レイシズム、ナショナリズム、セクシズム、進歩主義、商業主義などを足掛かりにして成長してきたという面で暗いテーマでもあると指摘した上、それはもう一つの近代の所産であるジャーナリズムと重なる部分も多く、ジャーナリズムのあり方をオリンピックという写し鏡を通じて考えるということは近代を見直す作業でもあると、本ワークショプの意義を語った。

 続いて、オリンピックにまつわる様々な論点を参加者全体で共有するために、研究者側と実務者側がそれぞれの視点から発表を行った。まず研究者側からはMeDiメンバーの田中東子教授(大妻女子大学文学部)が、そもそもオリンピックとは何かを近代オリンピックの出発点に遡って歴史的に解説し、その発展過程における諸問題をセクシズム、レイシズム、ナショナリズム、コマーシャリズムという4つのテーマに分けて整理した。

 19世紀終わりに始まった近代オリンピックは、「スポーツを通じて人間としての優れた精神性を獲得する」という理念を持っていたフランス人のピエール・ド・クーベルタン男爵が主軸となり古代ギリシャで行われていた宗教的イベントを復活させたものである。しかし、田中教授によると、その理念にある「人間」とはあくまでも⻄洋中心の白人男性だけを示しており、クーベルタンはそもそも女性がスポーツに参加する意義を認めていなかったという。また、IOCは最初の約30年間オリンピックへの女性の参加を巧妙な画策で阻んでおり、1960年代には黒人公⺠権運動への賛意を示した選手たちをオリンピックから追放するなど、性的・人種的マイノリティの排除は組織的なレベルで行われていたということである。一方、ナショナリズムという面では、そもそも聖火リレーやオリンピック旗の入場など今人々が喜んで見ているセレモニーが実はナチス・ドイツが自国の力を誇示し宣伝する手段として創造したものであり、林教授らの共同研究でも指摘されているように「オリンピックは単なるスポーツイベントではなく国家の重要な課題としてメディアで取り扱われている」こと、また自国選手の活躍という視点でしか報道されないという点からも、オリンピックというものがいかにナショナリズムと強く結びついているかがよく分かると説明した。そして最後に、ジュールズ・ボイコフ教授の「祝賀資本主義(Celebration Capitalism)」という概念を紹介し、喜びや楽しさという名目で莫大な税金を投入しながらも開催にあたってその税金を払っている市民の声はほとんど反映されず、民間企業の利益だけに貢献する形でますます巨大化してきているとして、オリンピックが持つコマーシャリズムの側面を批判した。

 次に報道実務者の観点からは、MeDiメンバーでNHK名古屋拠点放送局報道部副部長の山本恵子氏から発表があった。山本氏は、まず2月にあった森喜朗氏(当時の東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長)の女性蔑視発言に言及し、そのこと自体は日本のジェンダー意識とグローバル・スタンダードとの隔たりを露呈する出来事であったがメディアにとっては報道にあたっての課題を改め自覚する契機ともなったと述べた。しかし、実際の報道現場では依然として構造的な問題が多く、例えば報道体制の意思決定層や実況の現場などにおけるジェンダーのアンバランスは未だに全く改善されていないと指摘した。また、表現上でも、アスリートの性別によって使われる単語に違いがあるかを分析した朝日新聞の調査結果(ヤフーニュースで配信された約1万7千件の東京五輪関連記事を分析。「豪快」「強烈」「完璧」などの単語は女性選手の記事より男性選手の記事にそれぞれ約3.5倍、2.1倍、1.9倍多く使われたことに対し、「可愛い/かわいい」は女性記事で使われた回数が男性記事の2倍だった。https://www.asahi.com/articles/ASP856K8DP83ULEI006.html )などが示すように、メディアに根ざしている無意識のバイアスはとても深刻であると批判した。

 このような問題提起はMeDiのメンバーだけでなく、参加者の方からもなされた。主催者側からの事前のお願いにより、それぞれ異なった媒体(テレビ、新聞、フリージャーナリスト)に従事している3人の参加者から話を聞かせていただいたところ、森元会長の発言で断的に見られたように組織委員会の中でジェンダー意識が非常に不足していることや、男子競技と女子競技に対する注目度や報道量に格差が見えてきた場面もあったことなどが指摘された。また、取材する立場で特に難しく感じたこととして、若い女性選手について報じる際にどうしてもサイドストーリーに話題が傾く傾向があり時間の圧迫の中ではその傾向がさらに強まることや、同じ社内でも例えば社会部と運動部では意識に格差がありそこから生じる困難もあること、一方でジェンダー平等の側面で問題点の多いオリンピックだが取材をしていると女性をエンパワーする面もまた非常に感じられ、だからこそスポーツの表現に関わる者として考えなければならないことが多いということなど、報道の担い手ならではの悩みや懸念を共有していただくことができた。

グループワーク

 全体セッションの後は、7つのグループに分かれてさらに踏み込んだ議論に入った。1つのグループの人数は4~5人で、MeDiのメンバー、研究者であるB’AIメンバー、そしてメディア関係者である一般参加者がそれぞれ少なくとも1人以上入るように分けられた。

 参加者はそれぞれ今回のオリンピック報道の中で特に気になった記事や番組の事例を持ち寄り、その表現の何が問題で、そのような表現を生み出したニュースルームの構造的な問題は何かを、事前に配布されたIOCの「表象ガイドライン」と「LGBTQ+アスリートのメディアガイドライン」、そして冒頭で発表された論点に照らし合わせながら話し合うという内容で進められた。

議論した内容の発表

35分間のグループワークの後は、各グループで話し合った内容を参加者全体で共有する時間が設けられた。個別発表に入る前に、全グループを見回ったファシリテーターの治部氏から、議論がとても多岐に渡っており、クローズドな会だからこそ率直な話ができていて良かったとの感想が述べられた。

7つのグループから発表された内容を簡単にまとめると次のようである。

まず、ジェンダーにまつわる表現の問題として最も多く指摘されたのは、女性選手の描き方においてアスリートとしての能力よりも容姿、結婚、育児などのサイドストーリーに注目する傾向が未だに存在するという点であった。そのような問題の端的な例としてしばしば話題となるのが子どもを持つ女性選手を「ママアスリート」と称し、その選手の母親という属性だけを強調するような報じ方をすることである。今回の大会では過去と比べて「ママアスリート」という表現自体は減ったものの、言葉こそ使っていないだけで内容は依然として家事や育児を女性の仕事として捉えて夫はあくまでもサポート役であるという認識から書かれた記事も多く、根本的な改善にまでは至っていないと指摘された。またこれは、女性選手の容姿を描写する際も同じで、「美しすぎる」などあからさまにバイアスがかかった表現は減っても、それは単に「可愛い」や「妖精」などに置き換えられたにすぎず、一方で新体操のような妖艶さなどが芸術性の評価基準になっている採点競技のような場合の表現の難しさにどう対応すべきかという現場での悩みも共有された。

印象的だったのは、「ママアスリート」という表現に関する話の時に、単純に母親としての表象は駄目だということで議論が終わったのではなく、出産した選手がどのように努力して復帰したかということは女性のエンパワーメントにもつながり、その選手のアスリートとしての凄さを伝えるためにもその努力にはきちんとフォーカスすべきとの意見が複数のグループから出たことである。そこで、ジェンダーバイアスを助長せずに報じる方法として、例えば、「ママアスリート」と呼ばれる時の選手本人の葛藤を取り上げたり、父親である男性選手の育児との両立を取り上げる記事を増やすことでバランスを取ることもあり得るなどの提案がなされた。

この女性選手に限定されるサイドストーリーやそこに使われる言葉の話は自然にネットメディアとSNSという話題につながった。ジェンダーバイアスがかかっている典型的な表現としての「ママアスリート」や「美しすぎる」などの言葉は、新聞や地上波テレビでは減ってもネットメディアでは相変わらず多く使われているのが現状だからである。ネットメディアは、大量の他の記事との競争の中、短時間でオーディエンスの目を引くためにあえて見出しにステレオタイプ的な表現を使う傾向があり、今回は特にLGBTQ+選手の記事で多くの例が見られたという。近年ニュースメディアとしてより利用されているのがネットメディアであり、またアクセスのしやすさから子どもへの影響が大きいことを考えると、ネットメディアの表現ルールについても見直しが必要なのではとの意見が出た。

 一方、テレビについても、事前に用意される原稿の中では概ねジェンダーバランスが取れるようになっても、キャスターやコメンテーター、インタビュイーなどがその場で発する言葉の中から無意識のバイアスが非常に出てきやすいことが話題になった。その例として、野球評論家の張本勲氏が朝の報道番組に生出演し、ボクシング女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈選手に対し「女性でも殴り合いが好きな人がいるんだね、見ててどうするのかな?嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。」などと発言したことや、名古屋市の河村たかし市長がソフトボール日本代表後藤希友選手の金メダルをかじったことなどが挙げられた。河村市長のメダルかじりは、そのことだけでなくその前後にセクハラ発言があったことが後から明らかになってさらに波紋を呼んだ。そしてワークショップ参加者から、そのような前後の発言について最初は報道がなかったこと、そして現場にいた記者からその場で問題提起されなかったことについて自己反省の声も出た。

これら不適切な発言の例においても、また女性選手に対するバイアスがかかった表象についても、その根底に共通する問題は、そもそも女性選手に対する敬意が欠如していることである。そのような敬意の欠如は舞台の裏側でも見られ、例えば40-50代の女性選手やコーチに対する同じ年齢台の男性ディレクターの態度が厳しかったり、扱いが小さかったりなどの差を感じるという参加者もいた。また、同じ社内でも社会部と運動部ではジェンダー意識に差があり、両者が出す記事を比較するとその差が反映されているのが分かるとの指摘もあった。ただこれは、報道とはやはり関わる人の構成によって内容が変わるものであって、一人ひとりの意識をあげていくことで改善できる話でもある。だからこそ今、各社がしっかりジェンダー研修を行う必要があり、その実現のためにも、ジェンダー意識の大事さを訴える人を社内で正当に評価することが先行されなければならないと強調された。

今回のワークショップは、オリンピック・パラリンピック大会の最中で、報道の担い手たちが現場で感じる問題点や悩み、モヤモヤした気持ちを、同じ立場にいる仲間たちと率直に話し合うことで横の繋がりができたという点でとても意義があったと思う。特に、普段は意見交換する機会が少ない実務者と研究者が論点を出し合い、オリンピックとその報道に関するお互いの問題意識がさらに深まったということで、B’AIとMeDiの目標であるフォーラム形成という意味でもとても有益な場であったと言える。

B’AIグローバル・フォーラム発足イベント「AI時代におけるジェンダー正義:参加と活動をめぐる対話」開催のお知らせ

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(English follows Japanese)

時下、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

このたび、B’AIグローバル・フォーラムが発足イベントを開催する運びとなりましたので、ご案内させていただきます。

東京大学がソフトバンクと共同で立ち上げた「東京大学Beyond AI研究推進機構」には「AIと社会」部門があります。この部門でAIと社会に関する研究教育活動を推進するため発足したのが、B’AIグローバル・フォーラムでございます(プロジェクト・リーダー:東京大学・林香里)。AI時代におけるジェンダー平等な社会を目指して、これから様々な企画をしてまいりたいと考えております。ご関心のある方は、このたび公開となったB’AIグローバル・フォーラムの公式ウェブサイトにぜひご閲覧ください。(英語版は3月下旬に公開予定です。)

また、来る2021年3月17日(水)にオンラインにて開催される発足イベントにも、たくさんの方のご参加をお待ちしております。詳細については下記をご覧ください。 どうぞよろしくお願い申し上げます。

東京大学 B’AIグローバル・フォーラム発足イベント
「AI時代におけるジェンダー正義:参加と活動をめぐる対話」

デジタル情報技術は、いまや個人にも社会にも貢献する技術として、我々の日常に欠かせないものとなった。他方でそれは、人間社会の歪みを再生する装置としての危険をはらみ、歪みを映し出す反射鏡としても機能しうる。人工知能(AI)もその例にもれず、その技術開発において、ジェンダー差別や格差構造が再生産されてしまっていることは、すでにさまざまな事例から明らかにされつつある。このようにAIは現状の規範・統治を支え、強化する技術装置として発達してきた側面がある。それでは、AIなどのデジタル情報技術を社会で実装する際、その民主的な実装にはどのような仕組みが必要なのだろうか。ジェンダーを含め社会的マイノリティの参画を促し、公正性を実現するためのよりインクルーシブな労働環境や工学系教育には、どのような事例があるのか。科学的データは、ジェンダー平等のためにいかに公正かつ有効に利用できるのか。そのために情報工学と社会科学はどのような共同作業をすべきか。AI教育やAIの開発現場のインクルーシビティによって得られるメリットと、その実現に立ちはだかる障壁とその解消法について議論する。

<主催> 東京大学 Beyond AI研究推進機構 B’AI グローバル・フォーラム
<日時> 2021年 3月 17日(水) 18:30~20:00(日本時間)
<形式> Zoomウェビナー & YouTube生配信     
<言語> 英語(日本語への同時通訳あり)
 
 ・Zoomウェビナー:要事前登録(参加費無料)
  参加登録および詳細については、下記URLをご覧ください。
  https://bai-launch-event.peatix.com/
 
 ・YouTube生配信:登録不要
  日本語: https://youtu.be/GVOsKAIiMgQ
  英語: https://youtu.be/gt72nQUDNiI

※ 登壇者への質問はウェビナーでのみ募集します。

<プログラム>
 司会:板津木綿子(東京大学大学院総合文化研究科 准教授)
 開会挨拶:林香里(東京大学大学院情報学環 教授)

 第一部:基調講演(40分程度)
     アニタ・グルマーシー(IT for Changeエグゼクティブディレクター)
        「情報知能産業におけるフェミニストな未来を目指して」

 第二部:パネル討論 (40分程度)      
     アニタ・グルマーシー       
     斎藤明日美(一般社団法人Waffle 共同創立者)       
     中尾彰宏(東京大学大学院情報学環 教授)         
     モデレータ:板津木綿子

 閉会挨拶:矢口祐人(東京大学大学院情報学環 教授)

<お問い合せ先>
 東京大学B’AIグローバル・フォーラム事務局
 bai.global.forum@gmail.com



Dear friends and colleagues,

We are pleased to invite you to the inaugural event of the B’AI Global Forum at the University of Tokyo.

The B’AI Global Forum is a new research team within The Institute for AI and Beyond, which was jointly launched by the University of Tokyo and SoftBank. Our Forum was formed in the ‘AI and Society’ division of the Institute to progress research and education activities related to issues deriving from the social implications of AI use. With our principal investigator Dr. Kaori Hayashi at the helm, we will be conducting various projects aiming to achieve a gender equal society in the AI era. Anyone who is interested in our activities are welcome to visit our official website. (The English version will be released in late March.)

Our inaugural event will be held online from 6:30pm, March 17, 2021 (Wednesday), Japan Standard Time. We look forward to welcoming attendees from across Japan and around the world via Zoom and YouTube.

Please see below for details.

 B’AI Global Forum Launch Event
“Gender Justice in the AI Era: A dialogue on engagement and activism”

Digital information technology has become ubiquitous in both our persona daily lives and as a technology that propels social activity. This technology also carries the danger of replicating the inequity of human society and can function as a reflection mirror to show that injustice. The technological advancement of Artificial Intelligence (AI) is no exception to this, as various studies illustrate how gender discrimination and structural inequity is being reproduced in AI. This demonstrates how AI has been developed to maintain and strengthen current norms and hegemonic power. The question then is what are the necessary systems for a democratic operation of AI and other digital information technology? What best practices exist that encourage women and social minorities to participate in IT technology and offer an inclusive labor environment and IT education for the realization of equity in AI development. We must ask how can scientific data be used effectively for gender equality and equity? And what collaborations must happen between the fields of information engineering and the social sciences? We wish to explore the advantages of inclusivity in AI education and development while discussing the obstacles that stand in its way and possible solutions to rectify the root of such obstacles.

<Organizer> B’AI Global Forum, Institute for AI and Beyond at the University of Tokyo
<Date/Time> Wednesday 17 March 2021 @ 6:30pm~8:00pm (JST)
<Venue> Zoom Webinar/YouTube Live
<Language> English (Japanese simultaneous interpretation will be provided)

・Zoom Webinar: Registration required (No charge)
  For registration and more details:
  https://bai-launch-event.peatix.com/

・YouTube Live: No registration required
  English : https://youtu.be/gt72nQUDNiI
  Japanese : https://youtu.be/GVOsKAIiMgQ

※ Only Zoom Webinar participants will be invited to ask questions to the panelists.

<Program>
Moderator:
 Yuko Itatsu (Associate Professor, College of Arts and Sciences, University of Tokyo)
Opening remarks:
 Kaori Hayashi (Professor, Interfaculty Initiative in Information Studies, University of Tokyo)

Session 1:Keynote lecture (40 minutes)
     Anita Gurumurthy (Executive Director, IT for Change)
     “Towards feminist futures in the intelligence economy”

Session 2:Panel discussion (40 minutes)
     Anita Gurumurthy
     Asumi Saito (Co-founder, Waffle.org)
     Akihiro Nakao (Professor, Interfaculty Initiative in Information Studies, University of Tokyo)
     Moderator:Yuko Itatsu

Closing remarks:
 Yujin Yaguchi (Professor, Interfaculty Initiative in Information Studies, University of Tokyo)

<Contact>
 Office of B’AI Global Forum, the University of Tokyo
 Email: bai.global.forum@gmail.com