MeDiワークショップ「性暴力報道を考える」報告

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 東京大学B’AIグローバル・フォーラムを拠点として活動する産学共同研究グループ「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」は2022年5月8日(日)、「性暴力報道を考える」というテーマで非公開のオンラインワークショップを開催した。政治、社会、教育、家庭など、様々な場で起こっている性暴力に対し、ジャーナリズムがどのように対応してきたのか、どのような課題があるのかを、報道現場の実務者らとともに検証し、より良い報道に向けて意見交換するための企画である。当日は、MeDiメンバーの山本恵子氏(NHK解説委員 名古屋放送局コンテンツセンター副部長)が進行役を務め、同じくMeDiメンバーで東京大学大学院情報学環准教授の李美淑氏、性暴力被害当事者ら団体Springの代表を務める佐藤由紀子氏、元朝日新聞記者で東京大学大学院情報学環特任教授の河原理子氏が登壇し、それぞれ、研究者、当事者、ジャーナリストの立場から性暴力報道をめぐる論点の整理と問題提起を行った。その後、グループに分かれて参加者それぞれの経験を交えながらディスカッションし、最後にその内容を全体で共有した。

  • 日時:2022年度5月8日(日)13:00-15:00
  • 形式:オンライン(Zoom Meeting)
  • 言語:日本語
  • 参加者:32名(MeDiメンバー、B’AIメンバー、メディア関係者)


性暴力報道とジャーナリズム ― 権力監視、公共性、メディアへの信頼

 冒頭の挨拶でMeDi座長の林香里教授(東京大学大学院情報学環)は、性暴力・性犯罪報道をジャーナリズムという大きなコンテクストの中に位置付けた時に考えるべきこととして、権力の監視、公共性の問題、メディアへの信頼という3つを取り上げた。林教授によると、ジャーナリズムの最も重要な機能は権力監視であり、性暴力というのは強制、権威、操縦などのストラテジーを使った究極な形の権力濫用であることから、この性暴力についてしっかり報道するのはジャーナリズムの果たすべき責任であると言える。しかし、圧倒的に男性によって振るわれてきたこの種の性暴力・性犯罪をジャーナリズムは監視しきれてこなかったのでその点を反省する必要がある。そして、2点目の公共性の問題について林教授は、公共性という概念に男性中心の考え方が横たわっている側面があるにもかかわらずこれまで非常にポジティブに捉えられてきたことを批判し、性暴力報道にあたっては公共性や公共圏などの論理を安易に当てはめるのではなく、女性やマイノリティ、被害者の視点から取材や情報公開のあり方について考える必要があると指摘した。最後にメディアへの信頼については、アメリカの映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクシュアルハラスメントを暴いたニューヨークタイムズの報道を話題に挙げ、ジャーナリズムの大原則ともされてきた十分な裏とりや実名証言が特に重視されるという面で、性暴力報道とはまさにその社会におけるメディアへの信頼度が問われるバロメーターのようなものであるとの考えを示した。
 林教授は、上記3点が日本の性暴力報道を考える際に非常に大きな挑戦として浮かび上がってくると述べ、歴史的、制度的な社会構造とも関わるこの根深い課題についてメディア研究者と実務者が一緒に考える機会になればと、本ワークショップに込めた願いを語った。


研究者・当事者・ジャーナリストによる論点整理

 開会挨拶に続く発表のセッションでは、まずMeDiメンバーで東京大学大学院情報学環准教授の李美淑氏が登壇し、研究者の視点から性暴力報道における問題点を整理した。最初に提示された内閣府男女共同参画局の「男女間における暴力に関する調査」(2021年発表、N=5000)によると、日本の女性の約14人に1人が無理やりに性交等をされた被害経験があり、被害を受けた女性の約6割はどこにも相談しておらず、その半数は相談しなかった理由として「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」と答えたという。なぜ被害者が恥ずかしさを背負わされるようになったかについて李准教授は、「性暴力とは『まったく知らない人』による『暴行脅迫』を伴った行為」という神話が背景にあると指摘する。ここで改めて性暴力の定義を確認すると、この言葉には、性的暴行/強姦、セクハラ、性的嫌がらせ、性虐待、性搾取、痴漢、ストーキング、画像や動画を許可なく取るまたは流布させるなど、「望まない・同意のない性的な行為や発言」全てが含まれる。そして、前掲の調査によると、性暴力行為の9割近くは、交際相手や親族、学校や職場の関係者など知り合いによって振るわれている。にもかかわらず、知り合いによる行為や暴行脅迫を伴わない行為は、そもそも性暴力として認められなかったり被害者側に疑いの目が向けられる傾向があり、恥ずかしさを押し付けられた被害者が沈黙する中、性暴力がますます許容、助長されていくということである。
 李准教授は、このような現状には報道のあり方も深く関わっているとし、性暴力報道に関する論点として、無報道という問題、報道内容の問題、報道における表現の問題を取り上げた。准教授によると、性暴力は長らく人々が知るべき価値のある情報と見なされず、マスメディアに取り上げられないことによって問題自体がなかったことにされてきた。特に日本では、政治家や著名人など社会的地位のある人から受けた性暴力の告発がメディアの無関心の中で揉み消されたりエンタメのネタとして消費される事例も多く、これらが沈黙を強いる社会的メッセージとなり被害者をますます萎縮させてきたという。一方、報道の内容については、性暴力を生み出す社会文化や男女の権力不均衡といった構造的背景には目を向けず、あくまでも「加害者個人の逸脱」や「事実関係を争う個人間の私的な問題」として扱う傾向が強く、その中の表現を見ると、被害者の「落ち度」に注目する表現、加害者とされる人の供述をそのまま伝える表現、「乱暴」、「わいせつ」、「みだらな行為」など性暴力を矮小化するような表現、「援助交際」や「枕営業」など性搾取をごまかすような表現が多く使われていると指摘した。李准教授は、これらがもたらす結果として、被害者側に責任があるかのような印象が作りあげられる、性暴力の深刻さが軽々しく伝えられる、レイプ神話が再生産されるなどの問題点を挙げた上、性暴力根絶のためにはよりサバイバーの視点に寄り添った報道が必要であると訴えた。

 続いて、性暴力被害当事者ら団体である一般社団法人Spring代表理事の佐藤由紀子氏が登壇した。ご自身が被害当事者であり、性暴力対策アドバイザーとして被害者や若年女性の支援に関わっている佐藤氏からは、これまで100件近くの取材を受けてきた経験に基づき、性暴力被害者にとって安心して受けられる/受けられない取材とはどういうものなのかについて知見を共有していただいた。
 佐藤氏はまず、被害者に安心して取材を受けてもらうために記者にできる工夫としていくつかの事前準備を提言した。例えば、インタビューで何を聞きたいかを事前にメールで知らせること、取材自体や質問内容について断っても良いという選択肢を与えること、インタビュー中にしんどくなったら休憩を入れても良いと事前に伝えること、記事を公開する前に本人に確認してもらい必要な場合は修正希望を伝えられるようにすることなどが提言された。そうすることで、取材を受ける側は「自己決定権」や「安全感」、「有力感」を確保できるという。ここで佐藤氏が強調したのは、これらは全て性暴力で奪われた感覚であるということだった。被害者が性暴力で体験した「不意打ち」、「驚愕」、「困惑」などの感覚を蘇らせないためにも、次にどんなことが起こるかを予想できる取材の場を作ることが大事だということである。
 それでは、逆に安心して受けられない取材とはどういうものかというと、佐藤氏は、質問の内容が漠然としている取材と自分の被害をジャッジされる取材を例として挙げた。前者は、どこからどこまで話せばいいか分からず、不意に聞かれた質問でトラウマ反応が強く出るかもしれないので不安になり、後者は、被害体験そのものを否定される可能性を孕んでおり、それがさらにWEB上でのセカンドレイプにつながる恐れがあるので不安になるという。また、被害の詳細を尋ねる質問として、「どうして」や「なぜ」と聞かれると強い自責感に駆られるようになるので、代わりに時系列を聞くような表現である「どういう経緯で」の方が良いとのアドバイスもなされた。
 最後に、これまで取材を受けてきて感じたこととして、女性の取材者だからといって必ずしも正しい理解があるわけではないことや、「被害にあった人は笑わないはず」とか「普通の日常を楽しむことができない」といったステレオタイプな被害者像を押し付けられるのはナンセンスであることなどが挙げられた。佐藤氏は、トラウマ回復のために必要なのはやはり「人とのつながり」や「社会での居場所」を感じられることであり、どちらも取材者とのやり取りでできていくものなので、それを大事にしていただければとの願いを付け加えた。

 続いては、元朝日新聞記者で30年近く性暴力取材に携わってきた河原理子氏より、取材する側として感じる課題や取材にあたって最低限知っておくべきことについて話していただいた。河原氏はまず、朝日新聞の過去記事で「性暴力/性的暴力」というキーワードが出現する記事件数の推移データ(1985年~2021年)を提示し、マスメディアによる性暴力報道の量的変化に言及した。データによると、1980年代には皆無に等しかった記事数が90年以降右肩上がりで増加し、ピークに達した2020年には300件を上回っている。河原氏は、この一つの要因として性暴力問題に関心を持つ女性記者の増加を挙げ、女性と男性の違いは被害経験が身近であるかどうかという経験値の圧倒的な差であると述べた。ただ、佐藤氏の話にもあったように、女性だからといって必ずしも正しい理解があるとは言えず、性別にかかわらず取材に関わる全ての記者は性暴力報道特有のスキルと知識を身につけなければならないと指摘した。また、性暴力報道には、取材そのものの難しさや事実確認の難しさがつきまとうだけでなく、社会や報道機関内部にも根強く存在する無理解や偏見に働きかけながら、「日常化された異常性」を明らかにして意識を変えていく姿勢が求められることも指摘した。 
 それでは、性暴力取材にあたって必要な知識にはどういうものがあるのか。河原氏は、事前に配布していた2つの資料、「性暴力被害取材のためのガイドブック」(性暴力と報道対話の会、2016)と「Reporting on Sexual Violence」(Dart Center Europe、2011)を参照しながら、性暴力取材で最低限知っておくべきこととして4点を挙げた。①基本ルールが異なる(企業や役所、有名人などを相手とする通常の取材とは違う態度が必要)、②トラウマ反応について知る(特に、被害者の自責感など)、③経験者の思いや反応は一人ひとり違うことを理解する(ステレオタイプな「被害者らしさ」を当てはめない)、④取材する人自身もダメージを受けることがあるので、セルフケアの必要性を知り予め備える。


質疑応答

 登壇者の発表の後は、参加者から事前に受け付けていた性暴力取材にあたっての悩みや質問に答える時間が設けられた。被害者のトラウマや二次被害の恐れなどを念頭において常に悩みながら奮闘している記者らが集まっただけに、「被害状況をどこまで詳細に聞けば良いか」「どこまで詳細に記事を書くべきか」「加害者の言い分をそのまま伝えても良いだろうか」など、取材過程や記事の執筆における具体的な質問が寄せられた。
 まず、「記事でどこまで表現するか」の問題について河原氏は、正解はないので毎回悩みながら書くしかないとした上で、被害状況の深刻さを伝えることを目的として詳細に書いたとしても別の興味で読まれてしまい二次被害につながる可能性もあることを念頭におく必要があると指摘した。また、インタビューの時に「どこまで聞くか」ということについては、これも唯一絶対の答えはないので相手をよく見て相談しながら進めるしかなく、自分の場合は、質問したい内容とその趣旨を伝えた上で、辛かったら答えなくても良いという選択肢を最初に明確に示して、不安なことがあれば遠慮なく言ってほしいと伝えるように努めていると述べた。このような進め方について、取材を受ける側である佐藤氏も賛同し、例えば、聞きたいことを箇条書きにして話せるところを被害者に選んでもらい、もし全部答えたくなければそれでも大丈夫だと伝える、といったようなやり取りをしていただければと補足した。
 一方、複数の参加者から寄せられたのが「加害者の言い分をどのように伝えれば良いか」という質問だった。報道倫理規定などにもあるように加害者側(被疑者、被告人など)からのコメントも伝えなければならないのは確かそのとおりであるが、どんな理不尽な言い分でも伝えなければならないのか、それが被害者をさらに傷つけてしまうのではないかと躊躇うこともあるという悩みの声であった。これに対して、河原氏は、自らの反省も込めて、原則として、どんな人であってもどんな内容でも言い分を聞くことは必要だと指摘。ただ、それで終わるのではなく、継続的に取材報道するなかで、主張の正当性やなぜそのように思ったのかを明らかにしていくことができるのではないかと答えた。一方、佐藤氏は、加害者の言い分が自分のインタビューと同じところにあるとやはり抵抗感はあるが、反証の機会を与える必要があることは理解しているので、一緒に掲載される予定であることを事前に知らせてもらえれば良いとの見解を示した。


グループディスカッション

 ここまでで全体会が終わり、ワークショップはグループワークのセッションに移った。参加者は6つのグループに分かれ、各自持ち寄った記事の事例などを材料として踏み込んだ議論を交わした。各グループで話し合われた内容をまとめると以下の通りである。
 まず、取材現場でぶつかる様々な壁について実務者の経験が共有された。李准教授が指摘した「無報道」の背景とも取れる話として、裁判で判決が確定していない現在進行形の事件は取り上げにくいことや、訴訟のリスクという現実的な問題があるという話が出た一方で、記者を萎縮させる要因の一つとして上がったのがセカンドレイプの問題だった。性暴力事件の実態として多いのは知人によるものやお酒が絡んでいるものだが、そのような事件ほど二次被害が起きやすいので、それについて報じることで被害者がネット上でのセカンドレイプに晒されてしまうのではないかというジレンマがあるということだった。この問題は、「被害者『らしさ』の再生産」との関連でさらに難しくなる側面もある。テレビのニュースで被害者の映像を編集する際に、ネット上で起こり得るバッシングを意識し派手な服装の場面を避けるなどといった自己規制が働くことがあるが、被害者を守るつもりでなされたメディア側のこのような選択がむしろ被害者ステレオタイプの再生産につながるのではないかという問題提起があった。
 一方で、加害者についてはどうかというと、李准教授の発表や事前の質問でも話題に上がったように、加害者とされる人のコメントをそのまま伝えることに問題を感じるとの声が複数の参加者から上がった。ここで言及されたのは、犯行動機として出てくる「むらむらしてやった」という表現だった。本当に加害者の言い分なのか警察の定型文なのかも不明なこの表現については、それが繰り返しニュースに登場することで性暴力・性犯罪を過小評価してある種の神話が強化されかねないという問題や、それを女性のアナウンサーに読ませることでそのニュースが不適切な形で消費される恐れがあるといった問題が提起された。
 また、さらに大きな文脈の話として、個々のケースの報道だけではなかなかその背景にある抑圧の構造までは描けないという指摘もあった。性暴力はどうしても個人間の問題に矮小化されやすく、背後にある性差別や権力関係までは議論されないまま話が終わってしまうということだった。  
 このような様々な課題に対して、その背景にメディア産業そのもののセクハラ体質やダイバーシティの不足といった構造的な問題があるのではないかとの意見も出た。最近、映画界では性暴力を告発する被害者の声が相次ぎ、メディア産業に根強い性搾取とセクハラの深刻さが露わになっている。ある参加者は、やはり管理職の中で性暴力がメインストリームの事案として認識されておらず、報道の優先順位でも低く評価されてしまう問題は確かにあると語った。

 それでは、性暴力根絶につながるより良い報道のためにはどのような取り組みが可能だろか。グループセッションでは、問題の指摘だけでなく解決に向けた前向きな議論も交わされた。まず、セカンドレイプの防止策として、自殺に関する記事の最後にホットラインが載るのと同じように、性暴力報道でも記事の最後に二次被害についての説明を付けるようにすると、注意喚起できるとともにオーディエンスの中でも「それはセカンドレイプですよ」と指摘する雰囲気を広められるのではないかという意見が出た。一方、TikTokの場合はセカンドレイプになるような投稿をAIで感知しアラートを出したら実際に不適切な投稿が減少したということで、Twitterなどにもそのようなテクノロジーを導入したらどうかという技術的な対応策も提案された。また、そもそも記事の書き方を社会的な不公平を指摘し公正さを追求していくような書き方にすれば二次被害をある程度抑えられるのではないかという意見もあった。
 一方、個々の事件の構造的背景が見えてこないという問題については、ある事件について報道する際に、類似した環境で起きた他のケースを集めグルーピングして報じるという案が示された。例えば、学校の中で起きたことなら、似たような被害の声を集めて「学校の中の性暴力」という形でグルーピングして伝えると、全て同じ権力構造の中で起きているということが見えやすく、もっと社会に訴えられる形にできるのではないかという意見だった。
 そして、社内の研修や勉強会の重要性も改めて強調された。研修や勉強会はもちろん社員教育という面で第一の効果があるが、それだけでなく、社内に同じような問題意識を持っている人たちがいることを可視化できるという面でも重要であるということだった。さらに、報道全体の構造に関わるプロセスや認識を変えていくためには個別機関の努力だけでは難しいので組織を超えて横の連携を強化していかなければならず、本日のワークショップのような機会をもっと増やす必要があるとの意見もあった。

 全体の内容が終わった後、登壇者の佐藤氏と河原氏に本日の感想を述べていただいた。佐藤氏は、多岐にわたる話を伺えてよかったという感想とともに、#Metoo運動が盛んに行われている中で声を上げられない被害者たちのモヤモヤを耳にすることも多いとして、声を上げる/上げないは自分の選択であって他人に強いられるものではないことから被害者がそのようなプレッシャーを感じる必要は全くなく、ただ大事なのは声を上げたいと思った時にそれができる土壌があるかどうかということなので、そのためにご自身も尽力していきたいと語った。河原氏は、一人では解決できないことがたくさんあるということがこの場で共有できたと述べ、とにかく取材を続けていって論評や企画など様々な形で発信していくこと、このように組織の枠を超えてつながり、諦めずに、問題意識を共有する仲間を増やしていくことが大事だと強調した。
 性暴力報道に関してはこの場で議論できていない課題がまだまだ山積みである。ただ、同じ問題意識を持つ人々が集まりアイディアを出し合うことで少し希望が見えてきたのも確かである。このような横のつながりを強固にするためにも、MeDiとして引き続きこのテーマに注目し、より良い報道に向けた場づくりに取り組んでいかねばと考える重要な機会となった。

MeDiワークショップ「衆議院選挙報道とジェンダー表現を考える」報告

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 B’AI グローバル・フォーラムを拠点として活動する産学共同研究グループ「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」は2021年12月5日(日)、「衆議院選挙報道とジェンダー表現を考える」というテーマで非公開のオンラインワークショップを開催した。

 2021 年 10 月 31 日に行われた第 49 回衆議院議員総選挙。2018 年に「政治分野における男女共同参画推進法」が成立し、2021年には「ジェンダー平等」が流行語大賞のTop10入りするほどジェンダーの問題が社会課題として大きく浮上したが、それにもかかわらず今回の衆院選は当選者の女性比率が9.7%と改選前を下回る残念な結果となった。このような結果を受けて、本ワークショップでは、日本の政治の場で女性が増えない理由を選挙報道の課題と関連付けながら検討し、今後ジェンダー格差の改善に向けてメディアにできることは何かについて議論を行った。ワークショップにはMeDiとB’AI グローバル・フォーラムのメンバーの他、報道の現場でジェンダー課題に取り組んでいるおよそ30人のメディア実務者が参加し、MeDiメンバーの小島慶子氏(エッセイスト)がファシリテーターを務めた。

  • 日時:2021年12月5日(日)13:00-15:00
  • 形式:オンライン
  • 参加者:46人(MeDiメンバー、B’AIメンバー、メディア関係者)

 冒頭の開会挨拶でMeDi座長の林香里教授(東京大学大学院情報学環、東京大学副学長、B’AIグローバル・フォーラムディレクター)は、今回のワークショップのテーマとして選挙を選んだ理由について、様々な政治報道の中でも最もダイバーシティが欠けているのが選挙報道であるという点を挙げ、現状のままでは選挙報道というものがますます私たちの日常から離れてしまい投票率の低迷にもつながりかねないとの懸念を示した。いかに選挙報道に幅を持たせることができるか、また政治の場でジェンダーバランスを確保するためにメディアはどのように貢献できるか。これらの質問について、参加者で議論するに先立ち、政治とジェンダーの関係を専門とする上智大学法学部の三浦まり教授にご講演をいただいた。

上智大学・三浦まり教授の講演「総選挙報道とジェンダー」

 三浦教授はまず最初に、報道において女性政治家がどのように表象されることが多いのかについて、政治報道が日本よりジェンダー化されているアメリカの研究を紹介した。それによると、アメリカの報道では、女性政治家の場合、男性と比べて私生活や容姿、感情を吐露する場面に焦点が当てられる傾向が強く、自身の能力よりも父親や夫など有力な男性との関係が強調されがちで、声については否定的にコメントされる(高いとリーダーに相応しくないということで、逆に低いと男性の真似をするということで)ことが多いという特色がある1。このような表象の結果、女性は感情的であり、政治家としての能力より見た目の方が重要で、リーダーには向いていないというメッセージが作り出されるということである。また、政治家だけでなく企業の経営者なども含め、権力的な地位にある女性が報道の中でどのように扱われるかを分析した別の研究もあり、そこでは女性の描き方として「性的な存在、母親、飾り、 鉄の女」という4つのステレオタイプが指摘されているという2

 次に、ジェンダー問題の扱いという観点から三浦教授は日本の最近の選挙報道を振り返られた。教授によると、2018 年の「政治分野における男女共同参画推進法」成立以降、女性議員の少なさや女性が抱える障壁について取り上げる報道はかなり増えている。しかし依然として課題は多く、例えば女性候補者・議員が増えない理由について最も説明責任が問われるはずの各政党に対し、メディアが責任追及の役割を十分に果たしたかについては検証が必要であると指摘した。また選挙報道にダイバーシティがない要因の一つでもある選挙制度の構造的な問題についてももっと取り上げなければならないと付け加えた。 

 これらの内容を踏まえて今回の総選挙がどうだったかを見てみると、まず目立つのは有権者によるSNS上での投票呼びかけがとても増えたこととその影響で政策争点が多様化したことが挙げられると三浦教授は説明する。そうした中で、ジェンダー平等はちゃんと争点になっていたかというと、マスメディアの縦割り組織を背景に、社会部などが普段報じていた「コロナ禍の女性への打撃」のようなジェンダー関連問題が政治部の選挙報道とつながらず結局前景化しなかった側面があったという。一方で、それなりにジェンダーの争点を取り上げていた立憲民主党や日本共産党が議席数を減らしたということで、「ジェンダーの話はやはり票にならない」というシニカルな見方が浮上したが、これについて三浦教授は、日本の場合小選挙区という構造的な理由などによってそもそも政策を争点とする選挙戦になりにくいのが背景にあると指摘する。小選挙区になって明らかに投票率が下がっており、そのような構造の中では争点が多様化したといっても結果を支配するのは依然として「政党支持」と「経済」の2つであるが、だからこそメディアの役割が重要で、全体の構造を変えていくためには小選挙区の特色を意識した報道や一票の価値を実感させるような報道がもっと必要であると強調した。


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1 https://theconversation.com/five-ways-the-media-hurts-female-politicians-and-how-journalists-everywhere-can-do-better-70771
2 Carlin, D.B. and K. L. Winfrey. 2009. “Have you come a long way baby? Hillary Clinton, Sarah Palin, and sexism in the 2008 campaign coverage.” Communication Studies 60: 326-343.

実務者からの問題提起

  続いて、MeDiメンバーの山本恵子氏(NHK名古屋拠点放送局報道部副部長)と浜田敬子氏(ジャーナリスト)が、実務者の観点から選挙報道とジェンダーの問題についての論点を整理した。

 第一の論点として挙げられたのは「公平・中立な報道」の限界についてだった。公平・中立とはこれまでマスメディアの選挙報道において大原則とされてきたが、今回よく言われていたのは、「公平・中立な報道」を意識するあまり当たり障りのない報道しかされず、特にテレビの場合は報道量自体が少なかったのではないかということであった。その結果、争点などを掘り下げて分析するというところまではできず、本当に有権者に参考になるような情報が発信できたかについて問題意識を持っていると山本氏は語った。

 次に、「ジェンダー争点化の実践と課題」について浜田氏は、近年の選挙では候補者や政党へのアンケートの中に「選択的夫婦別姓」や「同性婚」などシンボリックな質問が入っていてその面ではジェンダーが争点化してきた感じがするが、一方で、例えばコロナ禍における女性の困窮や社会保障制度など大きな社会構造との関連でジェンダーを争点化していたかというとまだまだ足りないところが多いと指摘した。 

 最後に、「今後の選挙報道の課題」については、有権者の関心を高め、かつ女性議員を増やしていくためにも、選挙の前後だけでなく普段からジェンダーなどの争点について発信し続けることが大事であるということでまとめられた。

ブレイクアウトセッションでの議論

 全体セッションの後は、40分間のブレイクアウトセッションが設けられた。6-7人で1つのグループとなり、全部で8グループがそれぞれ持ち寄った記事や番組の事例を材料に今回の選挙報道における問題点と今後の改善策について意見を交わした。

 各グループで議論された内容をまとめると、共通して話題に挙がったのは、報道現場で感じたジェンダー問題を取り上げることの難しさだった。新聞やテレビのようにマスに向けて情報を発信するメディアの場合、限られた枠の中でジェンダーという話題をどこまで特化して伝えられるかといった時に様々な要因が壁となるということである。その要因の一つとして挙げられたのが、実務者からの問題提起にもあった「公平・中立な報道」の原則である。この原則の下ではどうしても政党間の出演者数や露出時間など量的な公平性が優先されるため、争点となる社会問題に踏み込んでニュースにするのがなかなか難しく、その中でも特にジェンダー問題は後回しにされやすいという。というのも、ジェンダーの話題を取り上げようとすることへのバックラッシュが社内に実際存在するということで、「ジェンダーの話は緊急性がない」「余裕のある人の話題」「数字が取れない」などの反応にしばしば直面するという悩みが共有され、意思決定層をはじめメディア組織内のダイバーシティへの認識がいかに不十分なのかが窺えた。

 一方で、選挙報道にダイバーシティを持たせにくいもう一つの構造的な要因として「縦割り組織」というキーワードが頻繁に登場した。例えば、ジェンダーの問題とは単体として存在するのではなく様々な社会問題とつながっているので、政治部と社会部が連携することでジェンダーを含めてより多様な争点に目を向けることもできるはずだが、実際は報道局の中で政治部の地位が非常に高く縄張り意識も強いため、政治部から情報を共有してもらうことも選挙報道に他部署が関与することもなかなか難しいという。さらに、最近の若者の関心事にはジェンダーに限らずアニマルライツや気候変動など、政治・経済・社会を横断する多様なテーマが多いが、そういうところにも縦割りの閉鎖的な構造ではうまく対応できないという側面があり、若年層の政治参加を促すためにも縦割りの問題は変えていかなければならないという問題提起がなされた。

 これらの限界を踏まえた上で、今後の選挙報道のためにどのような取り組みが必要なのかについてまとめると、まず、「公平・中立な報道」の原則がもたらす困難への対策として、発信方法の多様化という観点からデジタルを積極的に活用するという案が提示された。デジタルには尺や紙面の制限がなく、さらに縦割り構造の縛りも比較的緩いので、そのような強みを活かせば社会問題と各政党の政策や争点をちゃんと結び付けた上で面白くて分かりやすい情報発信ができるのではないかという意見であった。

 また、有権者に必要な情報をしっかり伝えるという観点では、報道の期間というのを見直す必要があるとの指摘も出た。選挙期間はとても短いのでその期間だけでは十分な情報を提供できないし、例えば女性議員が増えない理由などについては候補者が決まっている段階で取り上げてもあまり意味がない。そのため、そのような問題提起をより有効に行うために、選挙報道という括りではなくて政治報道という括りで中長期的に取り組んでいくことが重要ということである。そうすることで、公示前、つまり「公平・中立な報道」の縛りが厳しくなる前に様々な伝え方を試みることができるし、選挙が終わった後も各有権者の投票行動に影響した要因についてしっかり分析するような報道ができるだろう。

 最後に、全体的な議論は主に選挙報道においてジェンダーを取り上げることの難しさを中心に進められたが、実際は過去と比べると最近では報道量も増えつつあり閲覧数や視聴率も伸びているということなので、そこは前向きに評価しなければならない。ただ、メディア内部には依然として「ジェンダーは数字が取れない」という考えを持ち続けている人が多いので、エビデンスに基づいてその感覚的なズレを払拭し、社内でまずジェンダーというテーマを正しく評価することが重要であると指摘された。もちろん大前提として、「数字を取れる/取れない」ではなくこれがいかに大事な問題なのかを発信する側がしっかり認識しなければならないということはいうまでもない。

 ここまでの各グループの発表を受けて、ワークショップの最後は三浦教授の感想で締め括られた。報道現場でジェンダー課題に取り組んでいる方々の話からやはりバックラッシュが起きているということを改めて実感したという三浦教授は、バックラッシュとの戦い方の一つとして、一人ひとりの生きづらさを伝える際に、その生きづらさを作り出している制度にもしっかり目を向け、さらにジェンダーを横串として刺していくという伝え方があり得るだろうと述べた。そして、なぜ女性議員を増やさなければならないのかという根本的な話にどのようにもっと説得力を持たせられるかという参加者の悩みに対し三浦教授は、その議論は女性だけでなく男性にもメリットがあるといういわゆるメリット論になりがちだが、そのようなフレームで話が進んではならない、ジェンダー平等というのはメリットの問題ではなく、人権の問題であり民主主義の問題であるということを伝える側がまずしっかり認識しなければならないのである、と強調された。

MeDiワークショップ 「オリンピック・パラリンピック報道とジェンダー表現を考える」

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 B’AI グローバル・フォーラムを拠点として活動する産学共同研究グループ「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)」は2021年8月28日(土)、「オリンピック・パラリンピック報道とジェンダー表現を考える」というテーマで非公開のオンラインワークショップを開催した。

 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会は、大会のビジョンの一つに「多様性と調和」を掲げ、それを実現するためにジェンダー平等の推進を重要な課題として設定していた。実際、オリンピック出場選手の約49%を女性が占めるようになり(パラリンピックでは40.5%)、男女混合種目も前回リオ大会から倍増して計18種目となったことやトランスジェンダー選手が出場する史上初の大会となったことなど、形式的な面ではジェンダー平等に一歩近づいたと評価される。一方で、大会を人々に伝える「報道」の面ではどうだったか。大会期間中に開かれた本ワークショップでは、メディアの現場でジェンダー課題に取り組む実務者と研究者が集まり、今回のオリンピックにおける報道の具体例を挙げながらジェンダー表現の実状を検証し、より良い報道の実現に向けて意見交換を行った。

  • 日時:2021年8月28日(土)10:00~12:00
  • 形式:オンライン
  • 参加者:32人(MeDiメンバー、B’AIメンバー、メディア関係者)

オリンピックに関する様々な論点

 ワークショップは、ファシリテーターを務めたMeDiメンバーの治部れんげ氏(ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)のガイドに沿って「①全体で問題意識を共有 ②グループワーク ③各グループで話し合った内容を発表」という3部構成で行われた。

 冒頭の開会挨拶で、MeDi座長の林香里教授(東京大学大学院情報学環、東京大学副学長、B’AIグローバル・フォーラムディレクター)は、オリンピックとは近代という時代のあらゆる負の側面、すなわち帝国主義、レイシズム、ナショナリズム、セクシズム、進歩主義、商業主義などを足掛かりにして成長してきたという面で暗いテーマでもあると指摘した上、それはもう一つの近代の所産であるジャーナリズムと重なる部分も多く、ジャーナリズムのあり方をオリンピックという写し鏡を通じて考えるということは近代を見直す作業でもあると、本ワークショプの意義を語った。

 続いて、オリンピックにまつわる様々な論点を参加者全体で共有するために、研究者側と実務者側がそれぞれの視点から発表を行った。まず研究者側からはMeDiメンバーの田中東子教授(大妻女子大学文学部)が、そもそもオリンピックとは何かを近代オリンピックの出発点に遡って歴史的に解説し、その発展過程における諸問題をセクシズム、レイシズム、ナショナリズム、コマーシャリズムという4つのテーマに分けて整理した。

 19世紀終わりに始まった近代オリンピックは、「スポーツを通じて人間としての優れた精神性を獲得する」という理念を持っていたフランス人のピエール・ド・クーベルタン男爵が主軸となり古代ギリシャで行われていた宗教的イベントを復活させたものである。しかし、田中教授によると、その理念にある「人間」とはあくまでも⻄洋中心の白人男性だけを示しており、クーベルタンはそもそも女性がスポーツに参加する意義を認めていなかったという。また、IOCは最初の約30年間オリンピックへの女性の参加を巧妙な画策で阻んでおり、1960年代には黒人公⺠権運動への賛意を示した選手たちをオリンピックから追放するなど、性的・人種的マイノリティの排除は組織的なレベルで行われていたということである。一方、ナショナリズムという面では、そもそも聖火リレーやオリンピック旗の入場など今人々が喜んで見ているセレモニーが実はナチス・ドイツが自国の力を誇示し宣伝する手段として創造したものであり、林教授らの共同研究でも指摘されているように「オリンピックは単なるスポーツイベントではなく国家の重要な課題としてメディアで取り扱われている」こと、また自国選手の活躍という視点でしか報道されないという点からも、オリンピックというものがいかにナショナリズムと強く結びついているかがよく分かると説明した。そして最後に、ジュールズ・ボイコフ教授の「祝賀資本主義(Celebration Capitalism)」という概念を紹介し、喜びや楽しさという名目で莫大な税金を投入しながらも開催にあたってその税金を払っている市民の声はほとんど反映されず、民間企業の利益だけに貢献する形でますます巨大化してきているとして、オリンピックが持つコマーシャリズムの側面を批判した。

 次に報道実務者の観点からは、MeDiメンバーでNHK名古屋拠点放送局報道部副部長の山本恵子氏から発表があった。山本氏は、まず2月にあった森喜朗氏(当時の東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長)の女性蔑視発言に言及し、そのこと自体は日本のジェンダー意識とグローバル・スタンダードとの隔たりを露呈する出来事であったがメディアにとっては報道にあたっての課題を改め自覚する契機ともなったと述べた。しかし、実際の報道現場では依然として構造的な問題が多く、例えば報道体制の意思決定層や実況の現場などにおけるジェンダーのアンバランスは未だに全く改善されていないと指摘した。また、表現上でも、アスリートの性別によって使われる単語に違いがあるかを分析した朝日新聞の調査結果(ヤフーニュースで配信された約1万7千件の東京五輪関連記事を分析。「豪快」「強烈」「完璧」などの単語は女性選手の記事より男性選手の記事にそれぞれ約3.5倍、2.1倍、1.9倍多く使われたことに対し、「可愛い/かわいい」は女性記事で使われた回数が男性記事の2倍だった。https://www.asahi.com/articles/ASP856K8DP83ULEI006.html )などが示すように、メディアに根ざしている無意識のバイアスはとても深刻であると批判した。

 このような問題提起はMeDiのメンバーだけでなく、参加者の方からもなされた。主催者側からの事前のお願いにより、それぞれ異なった媒体(テレビ、新聞、フリージャーナリスト)に従事している3人の参加者から話を聞かせていただいたところ、森元会長の発言で断的に見られたように組織委員会の中でジェンダー意識が非常に不足していることや、男子競技と女子競技に対する注目度や報道量に格差が見えてきた場面もあったことなどが指摘された。また、取材する立場で特に難しく感じたこととして、若い女性選手について報じる際にどうしてもサイドストーリーに話題が傾く傾向があり時間の圧迫の中ではその傾向がさらに強まることや、同じ社内でも例えば社会部と運動部では意識に格差がありそこから生じる困難もあること、一方でジェンダー平等の側面で問題点の多いオリンピックだが取材をしていると女性をエンパワーする面もまた非常に感じられ、だからこそスポーツの表現に関わる者として考えなければならないことが多いということなど、報道の担い手ならではの悩みや懸念を共有していただくことができた。

グループワーク

 全体セッションの後は、7つのグループに分かれてさらに踏み込んだ議論に入った。1つのグループの人数は4~5人で、MeDiのメンバー、研究者であるB’AIメンバー、そしてメディア関係者である一般参加者がそれぞれ少なくとも1人以上入るように分けられた。

 参加者はそれぞれ今回のオリンピック報道の中で特に気になった記事や番組の事例を持ち寄り、その表現の何が問題で、そのような表現を生み出したニュースルームの構造的な問題は何かを、事前に配布されたIOCの「表象ガイドライン」と「LGBTQ+アスリートのメディアガイドライン」、そして冒頭で発表された論点に照らし合わせながら話し合うという内容で進められた。

議論した内容の発表

35分間のグループワークの後は、各グループで話し合った内容を参加者全体で共有する時間が設けられた。個別発表に入る前に、全グループを見回ったファシリテーターの治部氏から、議論がとても多岐に渡っており、クローズドな会だからこそ率直な話ができていて良かったとの感想が述べられた。

7つのグループから発表された内容を簡単にまとめると次のようである。

まず、ジェンダーにまつわる表現の問題として最も多く指摘されたのは、女性選手の描き方においてアスリートとしての能力よりも容姿、結婚、育児などのサイドストーリーに注目する傾向が未だに存在するという点であった。そのような問題の端的な例としてしばしば話題となるのが子どもを持つ女性選手を「ママアスリート」と称し、その選手の母親という属性だけを強調するような報じ方をすることである。今回の大会では過去と比べて「ママアスリート」という表現自体は減ったものの、言葉こそ使っていないだけで内容は依然として家事や育児を女性の仕事として捉えて夫はあくまでもサポート役であるという認識から書かれた記事も多く、根本的な改善にまでは至っていないと指摘された。またこれは、女性選手の容姿を描写する際も同じで、「美しすぎる」などあからさまにバイアスがかかった表現は減っても、それは単に「可愛い」や「妖精」などに置き換えられたにすぎず、一方で新体操のような妖艶さなどが芸術性の評価基準になっている採点競技のような場合の表現の難しさにどう対応すべきかという現場での悩みも共有された。

印象的だったのは、「ママアスリート」という表現に関する話の時に、単純に母親としての表象は駄目だということで議論が終わったのではなく、出産した選手がどのように努力して復帰したかということは女性のエンパワーメントにもつながり、その選手のアスリートとしての凄さを伝えるためにもその努力にはきちんとフォーカスすべきとの意見が複数のグループから出たことである。そこで、ジェンダーバイアスを助長せずに報じる方法として、例えば、「ママアスリート」と呼ばれる時の選手本人の葛藤を取り上げたり、父親である男性選手の育児との両立を取り上げる記事を増やすことでバランスを取ることもあり得るなどの提案がなされた。

この女性選手に限定されるサイドストーリーやそこに使われる言葉の話は自然にネットメディアとSNSという話題につながった。ジェンダーバイアスがかかっている典型的な表現としての「ママアスリート」や「美しすぎる」などの言葉は、新聞や地上波テレビでは減ってもネットメディアでは相変わらず多く使われているのが現状だからである。ネットメディアは、大量の他の記事との競争の中、短時間でオーディエンスの目を引くためにあえて見出しにステレオタイプ的な表現を使う傾向があり、今回は特にLGBTQ+選手の記事で多くの例が見られたという。近年ニュースメディアとしてより利用されているのがネットメディアであり、またアクセスのしやすさから子どもへの影響が大きいことを考えると、ネットメディアの表現ルールについても見直しが必要なのではとの意見が出た。

 一方、テレビについても、事前に用意される原稿の中では概ねジェンダーバランスが取れるようになっても、キャスターやコメンテーター、インタビュイーなどがその場で発する言葉の中から無意識のバイアスが非常に出てきやすいことが話題になった。その例として、野球評論家の張本勲氏が朝の報道番組に生出演し、ボクシング女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈選手に対し「女性でも殴り合いが好きな人がいるんだね、見ててどうするのかな?嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。」などと発言したことや、名古屋市の河村たかし市長がソフトボール日本代表後藤希友選手の金メダルをかじったことなどが挙げられた。河村市長のメダルかじりは、そのことだけでなくその前後にセクハラ発言があったことが後から明らかになってさらに波紋を呼んだ。そしてワークショップ参加者から、そのような前後の発言について最初は報道がなかったこと、そして現場にいた記者からその場で問題提起されなかったことについて自己反省の声も出た。

これら不適切な発言の例においても、また女性選手に対するバイアスがかかった表象についても、その根底に共通する問題は、そもそも女性選手に対する敬意が欠如していることである。そのような敬意の欠如は舞台の裏側でも見られ、例えば40-50代の女性選手やコーチに対する同じ年齢台の男性ディレクターの態度が厳しかったり、扱いが小さかったりなどの差を感じるという参加者もいた。また、同じ社内でも社会部と運動部ではジェンダー意識に差があり、両者が出す記事を比較するとその差が反映されているのが分かるとの指摘もあった。ただこれは、報道とはやはり関わる人の構成によって内容が変わるものであって、一人ひとりの意識をあげていくことで改善できる話でもある。だからこそ今、各社がしっかりジェンダー研修を行う必要があり、その実現のためにも、ジェンダー意識の大事さを訴える人を社内で正当に評価することが先行されなければならないと強調された。

今回のワークショップは、オリンピック・パラリンピック大会の最中で、報道の担い手たちが現場で感じる問題点や悩み、モヤモヤした気持ちを、同じ立場にいる仲間たちと率直に話し合うことで横の繋がりができたという点でとても意義があったと思う。特に、普段は意見交換する機会が少ない実務者と研究者が論点を出し合い、オリンピックとその報道に関するお互いの問題意識がさらに深まったということで、B’AIとMeDiの目標であるフォーラム形成という意味でもとても有益な場であったと言える。

B’AIグローバル・フォーラム発足イベント「AI時代におけるジェンダー正義:参加と活動をめぐる対話」開催のお知らせ

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(English follows Japanese)

時下、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

このたび、B’AIグローバル・フォーラムが発足イベントを開催する運びとなりましたので、ご案内させていただきます。

東京大学がソフトバンクと共同で立ち上げた「東京大学Beyond AI研究推進機構」には「AIと社会」部門があります。この部門でAIと社会に関する研究教育活動を推進するため発足したのが、B’AIグローバル・フォーラムでございます(プロジェクト・リーダー:東京大学・林香里)。AI時代におけるジェンダー平等な社会を目指して、これから様々な企画をしてまいりたいと考えております。ご関心のある方は、このたび公開となったB’AIグローバル・フォーラムの公式ウェブサイトにぜひご閲覧ください。(英語版は3月下旬に公開予定です。)

また、来る2021年3月17日(水)にオンラインにて開催される発足イベントにも、たくさんの方のご参加をお待ちしております。詳細については下記をご覧ください。 どうぞよろしくお願い申し上げます。

東京大学 B’AIグローバル・フォーラム発足イベント
「AI時代におけるジェンダー正義:参加と活動をめぐる対話」

デジタル情報技術は、いまや個人にも社会にも貢献する技術として、我々の日常に欠かせないものとなった。他方でそれは、人間社会の歪みを再生する装置としての危険をはらみ、歪みを映し出す反射鏡としても機能しうる。人工知能(AI)もその例にもれず、その技術開発において、ジェンダー差別や格差構造が再生産されてしまっていることは、すでにさまざまな事例から明らかにされつつある。このようにAIは現状の規範・統治を支え、強化する技術装置として発達してきた側面がある。それでは、AIなどのデジタル情報技術を社会で実装する際、その民主的な実装にはどのような仕組みが必要なのだろうか。ジェンダーを含め社会的マイノリティの参画を促し、公正性を実現するためのよりインクルーシブな労働環境や工学系教育には、どのような事例があるのか。科学的データは、ジェンダー平等のためにいかに公正かつ有効に利用できるのか。そのために情報工学と社会科学はどのような共同作業をすべきか。AI教育やAIの開発現場のインクルーシビティによって得られるメリットと、その実現に立ちはだかる障壁とその解消法について議論する。

<主催> 東京大学 Beyond AI研究推進機構 B’AI グローバル・フォーラム
<日時> 2021年 3月 17日(水) 18:30~20:00(日本時間)
<形式> Zoomウェビナー & YouTube生配信     
<言語> 英語(日本語への同時通訳あり)
 
 ・Zoomウェビナー:要事前登録(参加費無料)
  参加登録および詳細については、下記URLをご覧ください。
  https://bai-launch-event.peatix.com/
 
 ・YouTube生配信:登録不要
  日本語: https://youtu.be/GVOsKAIiMgQ
  英語: https://youtu.be/gt72nQUDNiI

※ 登壇者への質問はウェビナーでのみ募集します。

<プログラム>
 司会:板津木綿子(東京大学大学院総合文化研究科 准教授)
 開会挨拶:林香里(東京大学大学院情報学環 教授)

 第一部:基調講演(40分程度)
     アニタ・グルマーシー(IT for Changeエグゼクティブディレクター)
        「情報知能産業におけるフェミニストな未来を目指して」

 第二部:パネル討論 (40分程度)      
     アニタ・グルマーシー       
     斎藤明日美(一般社団法人Waffle 共同創立者)       
     中尾彰宏(東京大学大学院情報学環 教授)         
     モデレータ:板津木綿子

 閉会挨拶:矢口祐人(東京大学大学院情報学環 教授)

<お問い合せ先>
 東京大学B’AIグローバル・フォーラム事務局
 bai.global.forum@gmail.com



Dear friends and colleagues,

We are pleased to invite you to the inaugural event of the B’AI Global Forum at the University of Tokyo.

The B’AI Global Forum is a new research team within The Institute for AI and Beyond, which was jointly launched by the University of Tokyo and SoftBank. Our Forum was formed in the ‘AI and Society’ division of the Institute to progress research and education activities related to issues deriving from the social implications of AI use. With our principal investigator Dr. Kaori Hayashi at the helm, we will be conducting various projects aiming to achieve a gender equal society in the AI era. Anyone who is interested in our activities are welcome to visit our official website. (The English version will be released in late March.)

Our inaugural event will be held online from 6:30pm, March 17, 2021 (Wednesday), Japan Standard Time. We look forward to welcoming attendees from across Japan and around the world via Zoom and YouTube.

Please see below for details.

 B’AI Global Forum Launch Event
“Gender Justice in the AI Era: A dialogue on engagement and activism”

Digital information technology has become ubiquitous in both our persona daily lives and as a technology that propels social activity. This technology also carries the danger of replicating the inequity of human society and can function as a reflection mirror to show that injustice. The technological advancement of Artificial Intelligence (AI) is no exception to this, as various studies illustrate how gender discrimination and structural inequity is being reproduced in AI. This demonstrates how AI has been developed to maintain and strengthen current norms and hegemonic power. The question then is what are the necessary systems for a democratic operation of AI and other digital information technology? What best practices exist that encourage women and social minorities to participate in IT technology and offer an inclusive labor environment and IT education for the realization of equity in AI development. We must ask how can scientific data be used effectively for gender equality and equity? And what collaborations must happen between the fields of information engineering and the social sciences? We wish to explore the advantages of inclusivity in AI education and development while discussing the obstacles that stand in its way and possible solutions to rectify the root of such obstacles.

<Organizer> B’AI Global Forum, Institute for AI and Beyond at the University of Tokyo
<Date/Time> Wednesday 17 March 2021 @ 6:30pm~8:00pm (JST)
<Venue> Zoom Webinar/YouTube Live
<Language> English (Japanese simultaneous interpretation will be provided)

・Zoom Webinar: Registration required (No charge)
  For registration and more details:
  https://bai-launch-event.peatix.com/

・YouTube Live: No registration required
  English : https://youtu.be/gt72nQUDNiI
  Japanese : https://youtu.be/GVOsKAIiMgQ

※ Only Zoom Webinar participants will be invited to ask questions to the panelists.

<Program>
Moderator:
 Yuko Itatsu (Associate Professor, College of Arts and Sciences, University of Tokyo)
Opening remarks:
 Kaori Hayashi (Professor, Interfaculty Initiative in Information Studies, University of Tokyo)

Session 1:Keynote lecture (40 minutes)
     Anita Gurumurthy (Executive Director, IT for Change)
     “Towards feminist futures in the intelligence economy”

Session 2:Panel discussion (40 minutes)
     Anita Gurumurthy
     Asumi Saito (Co-founder, Waffle.org)
     Akihiro Nakao (Professor, Interfaculty Initiative in Information Studies, University of Tokyo)
     Moderator:Yuko Itatsu

Closing remarks:
 Yujin Yaguchi (Professor, Interfaculty Initiative in Information Studies, University of Tokyo)

<Contact>
 Office of B’AI Global Forum, the University of Tokyo
 Email: bai.global.forum@gmail.com

第1回MeDi-B’AIシンポジウム「ジェンダー・ギャップの解消に向けて―デジタル情報化社会におけるメディアの課題と未来」

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2020年12月12日(土)、MeDi(メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会)がYouTubeを通じたオンライン・シンポジウム「ジェンダー・ギャップの解消に向けて―デジタル情報化社会におけるメディアの課題と未来」を開催した。MeDiはこれまで、自主研究グループとしてメディアにおける様々な表現の問題について検討・情報発信してきたが、2020年11月からは、B’AIグローバルフォーラムの中に位置づけられることになった。今回のシンポジウムは、その再出発にあたっての大型ローンチ・イベントとなる。新型コロナウイルス感染症拡大の状況を鑑み、YouTube生配信という形でイベントが開催された。

今回のシンポジウムは二部構成となっている。第一部「女性が増えれば何が変わる?〜大手メディアがジェンダー問題に取り組み始めた」では、ジャーナリストや大手メディアの記者などがパネリストとなり、近年のメディア業界における構造的な変化やその要因、またそれがもたらした影響について検討した。第二部「オンライン空間は女性にとって安全か?」では、ライターや弁護士、科学技術社会論の研究者などが集まり、インターネットの功罪や表現規制の難しさ、またAIなどの情報技術の活用について議論した。以下、各部の論点をいくつかピックアップし、議論の概要をまとめる。

第一部 「女性が増えれば何が変わる?〜大手メディアがジェンダー問題に取り組み始めた」

モデレーター:浜田敬子(BUSINESS INSIDER JAPAN 統括編集長)
MeDiメンバー:治部れんげ(ジャーナリスト)
       山本恵子(NHK名古屋拠点放送局 報道部 副部長)
ゲスト:岡林佐和(朝日新聞記者 ThinkGender担当)
    藤田多恵(株TBSテレビ 人事労政局担当局長)

 第一部では、まず、近年大手メディアでジェンダー問題に取り組むための大型企画(NHKのBeyond Gender、朝日新聞のThink Genderなど)が次々とスタートしていることが紹介され、こうした取り組みの背後に存在すると考えられる、マスメディアの構造的な変化について多くの意見が交わされた。その構造的な変化とは、マスメディアで働く女性の数が増え、意思決定層にも徐々に女性が増えつつあるということである。

たとえば登壇者の岡林佐和さんが勤める朝日新聞では、前述のThink Genderという企画によって各編集部に「ジェンダー担当デスク」という役職が設置されるようになるなど、マスメディアの構造変化を促進するような好循環が生じつつある。

 このようにマスメディアの内部(の特に意思決定層)に女性が増えることは、単に従業員の構成が変化するというだけでなく、大きな2つの変化をもたらすと考えられる。第一に、マスメディアで報じられるニュースの内容が変化する。これまでの大手メディアでは、「何をニュースとして報じるか」を決めるポジションがほとんど男性で占められてきた。しかし、意思決定層にも女性が増える(多様性が増す)ことで、これまで重要性が認識されていなかった女性や子どもに関する問題も報じられるようになるだろう。第二に、マスメディアにおける労働環境が変化する。現在は業界全体で長時間労働が常態化しており、産休によってそうした働き方をできない女性記者には昇進の機会が閉ざされてきたが、職場に女性が増えることで、女性にとっても働きやすい、より多様な生き方に合わせて働き方を選択できるような環境が整備されていくだろう。ここで重要なのが、こうした変化は女性だけに恩恵をもたらすものではないということである。

たとえば産休がある女性でも働きやすい職場を実現することは、男性記者もニーズに合わせて多様な働き方を選べるようになることを意味している。TBS人事労政局担当局長の藤田多恵さんは、男女双方に恩恵のあるものとして働き方改革を進めていくことが大切だと述べる。第一部の最後には、こうしたマスメディアの構造的な変化がよりバランスのとれた質の高いニュース報道につながり、最終的には社会全体の利益として還元されるため、マスメディアの問題は社会の問題として今後も議論を続ける必要があるということが確認された。

第二部 「オンライン空間は女性にとって安全か?」

モデレーター:小島慶子(エッセイスト)
MeDiメンバー:李美淑(立教大学GLAP運営センター助教)
       白河桃子(昭和女子大学客員教授、相模女子大学大学院特任教授)
       田中東子(大妻女子大学文学部教授)
ゲスト:江間有沙(東京大学未来ビジョン研究センター特任講師)
    ヒオカ(ライター)
    山口元一(弁護士)

 第二部では、オンラインにおける表現の問題とその対策が主なテーマとなる。はじめにいくつかの調査の結果から、若年女性の中でオンライン・ハラスメントの被害経験が多いということ、そしてその内容としては容姿に対する揶揄が多いことなどが確認された。現在ライターとして活動しているヒオカさんも、これまで度々オンライン・ハラスメントの被害に遭い、それによってSNS上で声を上げづらくなったと語る。こうしたことから、現在のSNSでは特定の人々に攻撃が集中し、攻撃されやすい人は声を上げづらくなり、彼(女)らの意見が不可視化されるといった構造が存在すると考えられる。特に現在は、法律で取り締まれる表現の幅がかなり狭く、十分相手を傷つけるが法的には問題とならない「グレーゾーン」の範囲が大きいため、オンライン・ハラスメントに対処するのが難しい状況にある。

 この問題に対処するために、一つの方向性として現行法を見直すという議論がありうる。しかし法律で表現の内容を規制するというのは数多くの論点を含んだかなり難しい問題であり、法律を変えればすぐ解決するという問題でもない。こうした点を踏まえ、山口元一弁護士は、これからはコンテンツが拡散する「場」を提供しているプロバイダや事業者、プラットフォーマ―の責任や良識がより問われるべきであると語る。ヒオカさんが強調するように、SNSには多くの問題がある一方で大きな可能性も秘めているため、SNSの利点を最大限引き出せるよう、プラットフォーマ―も含めてより良い情報環境を構築するための枠組み作りを社会全体で進めていく必要がある。

 また最近は、オンライン・ハラスメントに対処するためにAIなどの情報技術を活用することも検討され始めている。たとえば海外の大学では、コメントが投稿された文脈も踏まえて女性嫌悪発言を析出できるようなシステムの開発が進んでおり、これは既述のグレーゾーン問題を解決する可能性を秘めた取り組みだといえる。しかし一方で、こうした機械的な介入に対しては「不透明だ」「AIを使うことで逆に状況が悪化しうる」といった反発や不安の声も大きい。


東京大学特任講師で科学技術社会論を専門とする江間有沙さんは、こうした問題を議論する際にはAIが単なる道具であるということを理解し、AIそれ自体よりもそれを扱う人間に焦点を当てて議論を進めることが大事だと述べる。特にその際、AIの設計者がどのような設計思想にもとづき、どういったアルゴリズムやデータを利用しているのかについて、バランスのとれた多様なメンバーで議論することが重要だと指摘する。たとえば、AIに現在の「ありのまま」のデータを学習させることで、現存する差別構造の再生産につながるといった問題は度々指摘されているが、上述のような枠組みを採用することでそうした問題を回避することも可能である。AIという新しい技術を過度に持ち上げたり過剰に恐れたりすることなく、常に「どのような社会にしたいのか」というビジョンに立ち戻って冷静に議論していく必要があるだろう。

 今回のシンポジウムでは、マスメディアにおけるジェンダーの問題やSNSにおける表現の問題について活発な議論がおこなわれた。そこで繰り返し確認されたのは、問題を生じさせている構造や枠組みを問うことの重要性である。現在は、メディア環境の変化に伴って既存メディア・新興メディアの仕組みや構造を根本から問い直す動きが次々と出ているが、それを単発で終わらせることなく、より良い言論空間のための枠組み作りを社会全体で進めていくことが求められる。

報告:加藤大樹(東京大学大学院学際情報学府博士課程、B’AI リサーチアシスタント)

第1回MeDi-B’AIシンポジウム「ジェンダー・ギャップの解消に向けて―デジタル情報化社会におけるメディアの課題と未来」開催のお知らせ

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♦︎ 主  催:東京大学 Beyond AI研究推進機構 B’AI グローバル・フォーラム/MeDi(メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会)
♦︎ 開催日時:2020年12月12日(土)16:00~19:00(二部制)
♦︎ 開催形式:オンライン生配信  
 MeDi ユーチューブ   
 CLP(Choose Life Project)ユーチューブ 
♦︎ 事前申込不要
♦︎ お問い合わせ:金佳榮 東京大学大学院情報学環特任研究員 kayoungk@g.ecc.u-tokyo.ac.jp


MeDi(メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会 略称MeDi)は、2017年5月に、テレビ、新聞、インターネットなど、さまざまな媒体での表現のあり方を考えるため、研究者と実務家で発足させた自主研究グループでした。このたび、MeDiは、東京大学Beyond AI研究推進機構・B’AIグローバル・フォーラムの場を得て、情報化社会・データ社会にある経済格差やマイノリティ差別が少しでも解消されるよう、多くの方たちとメディアと社会について考えるネットワークをつくり、研究や活動を続けていくこととなりました。今回はさらに発展したMeDiによる大型ローンチ・イベントです。オンライン・シンポジウムで、どなたもご参加できます。

◎開会挨拶
・ 林香里 東京大学大学院情報学環教授

◎第一部 (16:00〜17:15)
「女性が増えれば何が変わる?〜大手メディアがジェンダー問題に取り組み始めた」

<出演者>
・ モデレーター    
 浜田敬子 BUSINESS INSIDER JAPAN 統括編集長
・ MeDiメンバー  
 治部れんげ ジャーナリスト
 山本恵子 NHK名古屋拠点放送局 報道部 副部長
・ ゲスト
 岡林佐和  朝日新聞記者(ThinkGender担当)
 藤田多恵 (株)TBSテレビ 人事労政局担当局長

<要旨>
この秋、NHKと朝日新聞がジェンダーに真正面から取り組む大型企画をスタートさせました。これまで大手メディアではなかなか大きく扱われることのなかった女性・子どもたちの問題ですが、最近少しずつ報道量が増えています。
背景には、典型的な「男性社会」と言われていた大手メディアで働く女性たちが増えただけでなく、少しずつキャップやデスク、部長クラスに女性たちが増えてきたことが関係しています。
メディア、特に大手のメディアは、組織内にジェンダー・ギャップが存在するだけでなく、長時間労働など働く環境の問題も抱えています。さらに新興メディアの出現やSNSの台頭でその存在意義も問われるようになっています。
その中で、少しずつ女性たちが声を上げ始めたことで働く環境が変わり、「何がニュースなのか」という価値観にまで変化が現れ始めています。
このセッションでは、実際女性たちが現場や意思決定層に増えたことで、具体的に何が変わっていったのか。また、何がまだ変えられていないのか、を議論します。


◎第二部 (17:30〜19:00)
「オンライン空間は女性にとって安全か?」

<出演者>
・ モデレーター    
 小島慶子 エッセイスト
・ MeDiメンバー
 李美淑 立教大学GLAP運営センター助教
 白河桃子 昭和女子大学客員教授 相模女子大学大学院特任教授
 田中東子 大妻女子大学文学部教授
・ゲスト
 江間有沙 東京大学未来ビジョン研究センター特任講師
 ヒオカ ライター
 山口元一 弁護士

<要旨>
既存のメディアよりも遥かに歴史が浅く、変化の早いネットの世界。オンライン空間は、まだ誰にとっても安全な場所とは言えません。第二部では、MeDiメンバーによる『足をどかしてくれませんか〜メディアは女たちの声を届けているか』(亜紀書房)刊行から一年、今年のオンライン空間におけるジェンダーをめぐるトピックを振り返りつつ、女性に向けられるオンライン暴力の実例、法的・制度的対策の限界、そして、オンライン・コミュニケーションのあり方をめぐる議論について考えます。さらには、人工知能(AI)を用いた対策の可能性と、科学技術分野におけるジェンダー・ギャップの影響にも目を向け、オンライン空間をより安全で豊かにするための知恵を探ります。

第5回メディアと表現について考えるシンポジウム「わたしが声を上げるとき」

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2019年5月18日、「第5回メディアと表現について考えるシンポジウム『わたしが声を上げるとき』」が、東京大学福武ホール地下2F 福武ラーニングシアターにて開催された。

登壇者は、ウ・ナリ氏(キュカ)、小島慶子氏(エッセイスト)、武田砂鉄氏(ライター)、田中東子氏(大妻女子大学)、山本和奈氏(Voice Up Japan)。司会は山本恵子氏(NHK)が務め、市民の声を社会に届けるために何が必要なのかが議論された。

社会で、メディアで軽視される若い女性たち

 2019年1月、アイドルグループNGT48の山口真帆が、自宅玄関先でファンから暴行を受けていたことを告発した。それをNHKなどの主要メディアが報じたところ、翌日のNGT48の公演で山口本人が騒動を謝罪し、炎上した。

ライターの武田砂鉄氏は、アイドルなど若い女性タレントが理不尽な扱いを受けたことを問題視する発言をすると、「女性の味方」という見方をされると述べる。同事件ならば、責任者ではなく被害者本人が謝罪を強いられたことが問題であるはずなのに、なぜか「男性が女性の見方をしている」と論点をずらされるという。

日本社会は、若い女性を軽視することに慣れすぎている。例えば、女性アイドルの「恋愛禁止」は人権侵害であり、結婚報道の際の「なお妊娠はしていない模様」という表現も本来は不必要だ。しかし、初めは違和感のある表現でも、メディアがくりかえしするうちに感覚は麻痺し、やがて自明の理と化してしまう。

 ジェンダー問題を中心に“声を上げること”を支援するVoice Up Japanの代表であり、国際基督教大学の一学生でもある山本和奈氏は、「週刊SPA!」 (12月25日号)に掲載された「ヤレる女子大学生RANKING」に対する抗議運動を起こし、5万筆以上の署名を集めた。その動機は、女性を性的対象化する視点に性犯罪を招く可能性があると感じたこと、「女子大学生」に対する性的なレッテルの付与について当事者として疑問を感じたことにあった。

山本氏は同誌に、廃刊などの措置で問題をうやむやにするのではなく、対話により問題点を理解し、誌面の編集方針を変更するよう求めた。編集部との話し合いでは、編集部内のジェンダー観だけでなく、周囲が声を上げにくいタテ社会的な制作体制にも問題があったことがわかった。

当事者が声を上げることの重要性と難しさ

キュカCEOのウ・ナリ氏が提供する「QCCCA」は、ハラスメントやDV、差別など周囲には言いづらい悩みを匿名で打ち明けあえるウェブサービスだ。その立ち上げの背景には、自身が管理職として勤務するヤフーで、部下からのセクハラ被害の訴えを社内に相談するたびに「仕方ない」「よくあること」と片付けられたことがあるという。また、自身の娘が学校でわいせつな行為を受け、教師に被害を訴えたところ、適切な対応で救われたという経験もきっかけとなった。

ウ氏は、声を上げる行為が難しいのは、(1)組織などで立場が脅かされることへの危惧、(2)二次バッシングや状況が悪化することへの恐怖心、(3)何を話しても変わらないという無力感が原因だと分析する。そのため同サービスでは、悩みを匿名性すると同時に、ユーザーが「応援されている」「共感されている」と感じられる仕組みを設計。バッシングをユーザーの目に触れさせない工夫により、安心して悩みを打ち明けられるコミュニティー作りにつなげている。

また集まった悩みのデータは、社会課題を解決する糸口にするため、メディアへ発信したり、しかるべき企業、機関へ提出したりするという。声を上げることには困難がつきまとうが、その声はだれかを励まし、力になるのだと、ウ氏は強調した。

 メディアとジェンダーについて研究する大妻女子大学の田中東子氏は、当事者が当事者ゆえに声を上げられない理由とその背景を解説した。前出の「週刊SPA!」内で「ヤレる女子大学生RANKING」に挙げられた大妻大学の学生たちに対する聞き取りによれば、(1)記事だけでなく、常日頃から同学の学生が「女子大生」という記号で“ヤレる女”扱いをされて口惜しさを感じていること、(2)当事者が声を上げても響かなかったであろう同記事の問題点が、山本氏ら非当事者のおかげで社会に届いたという感謝があること、(3)傷つけられるのではと想像し、その恐怖心で沈黙してしまっていることが浮き彫りになった。

 世界的に個人主義的イデオロギーが極度に進展した現在、自己責任の風潮と相互扶助への嫌悪感は高まっている。さらに封建的かつ同調圧力の強い日本社会では、より声は上げづらい。そのため田中氏は、当事者だけでなく支援者が声を上げることも重要だと指摘。市民の声が状況の改善を呼ぶ事例は確かに増加しており、メディアはそうした成功体験を積極的に広めていくべきとした。

トラブルを忌避するための沈黙と我慢

 日本社会では、異を唱えることが“輪を乱す”とタブー視されがちだ。2019年5月、「かんさい情報ネットten.」(読売テレビ系)で、性的マイノリティーに対する侮蔑的な取材を受け、スタジオにいた作家の若一光司が「人権侵害だ」と激怒し、その場が凍り付く様子が放送された。

元アナウンサーでエッセイストの小島慶子氏は、この放送で、「差別や偏見、暴力的な行為に対する批判はいけないものだ」というメッセージが伝わってしまったと批判。加えて武田氏は、翌日の謝罪の場面で女性アナウンサーが中心に立たされるなど、不適切な取材を指示した側の責任が問われない構造を問題視した。

 意見を表明することで社会的な立場が脅かされかねない日本社会では、どのように声を上げればいいのだろうか。山本氏は、「週刊SPA!」をめぐる一件を振り返り、ジェンダーの問題を男女の対立に帰結させなかったこと、バッシングがあっても弱音を吐ける支援者の存在を信じたことの2点が重要だったと述べる。

 ことジェンダーにまつわる問題は、女性の/男性の問題にすり替えられやすい。メディアもまた、女性が痴漢に遭ったニュースが流れれば「男性も痴漢えん罪に苦しめられている」、東京医科大学で女性や浪人生に特典差別があったと報じられれば「同じ女性である現役女性医師の65%が理解を示している」と我慢を強い、なかったことにしてしまう。

男性にも、誰かとの比較でつらさを紛らわす傾向はある。先の「週刊SPA!」は30~40代の男性サラリーマンをターゲットとした雑誌だが、一流企業に務めていたが独立して大失敗した人を取り上げた「転落人生」「絶望人生」といった企画が読者に支持されるという。毎日つらい気持ちで通勤している読者が、会社の歯車として働く自分を肯定し、安心できるからだ。武田氏はこうしたビジネスのあり方は非常に病的だと指摘した。

小島氏は、精神保健福祉士の斉藤章佳の言葉を引き、日本社会は「男尊女卑依存症社会」だとする。男女ともに自らが生きる際の苦しさを紛らわすために、「男だから/女だから仕方ない」と男尊女卑に逃げている。小島氏は、メディアはそれを認め、さまざまな立場の意見を聞き、男尊女卑に依拠しない生き方を肯定していくべきではないかと問題提起した。

メディアが、市民が意見を表明する意味とは

 中立公正があるべき姿とされるメディアでは、両論併記など異なる立場の意見を提示しようとしがちだ。しかし田中氏は、価値観の多様化したいまの日本社会でメディアが生き残るためには、目指すべき未来のためにどんな価値観に寄り添うのかを真剣に考え、選択していくことが必要なのではないかと述べる。

問題意識を共有するには、無関心層の知識不足を解消する必要がある。その意味で、メディアも個々の市民、自らの価値観を押しつけるのではなく、なぜそれを選択したのか丁寧に説明し、対話する姿勢をもつべきではないだろうか。

 ウ氏は、韓国には以前から、民主主義に則り市民が声を上げて状況を改善してきたことに言及。日本でも、そうした成功体験が世の中の変容を呼ぶのではないかと示唆しつつ、顔や名前を伏せた形であっても声を上げることがその一歩になるとする。

SNSを中心としたネットの言論空間では、スピーディーに議題が移り変わってしまう。田中氏は、社会の変容を促すには、一つひとつの問題に対して踏みとどまってじっくり議論する場を作り直していく必要性があると結論づけた。

ワークショップ「ストップ、キャンパス性暴力!」(Workshop: Stop Sexual Violence on Campus!)

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<日時>
2019年1月29日(火)14:00~17:30

<場所>
東京大学本郷キャンパス・工学部二号館 9 階 93B 教室

<登壇者>

●ゲストスピーカー
アダム・R・ダッジ弁護士(法務/テクノロジー・ディレクター/DVシェルター「ローラの家」)

●コメンテーター
矢口祐人氏(東京大学大学院総合文化研究科教授/アメリカ研究)
キム・ユニス氏(韓国・梨花女子大学校法学専門大学院教授)
鈴木由真氏(東京大学大学院教育学研究科博士課程)
渕上貴史氏(創価大学学生)
春藤優氏(早稲田大学学生)
横井桃子氏(上智大学学生)

●コーディネーター
第一部=林香里氏(東京大学大学院情報学環教授)
第二部=ミーシャ・ケード氏(上智大学学生)

<開催趣旨>
 近年、大学で深刻な性暴力が起きていることが、報道により明らかになっている。だが、大学内での性暴力の防止措置や被害者救済の制度は整っているとは言い難いのが現状だ。また学生や教員のほとんどが、性暴力とは何を指すのか、性暴力を起こさないためにどうすればいいのか、また被害に遭ってしまったらどうすればいいのかといった知識を持っていないのではないだろうか。
本ワークショップでは、海外では大学での性暴力をなくすためにどのような取り組みや制度があるのかを学び、日本での取り組みにつなげたい。

●本ワークショップの目標
(1)アメリカにおける性暴力防止のシステムと制度を学ぶこと
(2)アクティビズムがいかに人々に気づきをもたらし、キャンパスにおける性暴力予防システムにつながるかを学ぶこと
(3)日本の大学における性暴力の実態について考えること

主催:東京大学大学院博士課程教育リーディング・プログラム「多文化共生・統合人間学プログラム」(IHS)教育プロジェクト S

協力:MeDi メディア表現におけるダイバーシティ向上を目指す産学共同抜本的検討会議、Meridian180, Buffet Institute for Global Studies, Northwestern University、一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクション、「とっとこ」ジェンダームーブメント(東京大学学生サークル)

Book Talk 姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』

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<日時>
2018年12月12日(水)19:00~21:00

<場所>
東京大学駒場キャンパス21 KOMCEE

<登壇者>

●講演者
姫野カオルコ氏(作家)

●パネリスト
大澤祥子氏(ちゃぶ台返し女子アクション)
島田真氏(文藝春秋)
瀬地山角氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)
林香里氏(東京大学大学院情報学環教授)

●司会
小島慶子氏(エッセイスト)

<開催趣旨>
 2016年に起きた東大生らによる強制わいせつ事件に着想を得た話題の小説『彼女は頭が悪いから』(2018年、文藝春秋)。執筆の動機や制作秘話を作者である姫野氏に伺いつつ、登壇者と会場との対話を通して下記について考察したい。
・性の尊厳、セクシュアル・コンセントとは?(性暴力事件の再発防止には何が必要か)
・「学歴社会」と性差別について
・「東大」というブランドとの付き合い方、向き合い方

主催:東京大学大学院博士過程教育リーディング・プログラム『多文化共生・総合人間学プログラム』、メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)

協力:株式会社文藝春秋

第4回メディアと表現について考えるシンポジウム「それ“実態”とあってます? メディアの中のLGBT」

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2018年12月2日、「第4回メディアと表現について考えるシンポジウム『それ“実態”とあってます? メディアの中のLGBT』」が、東京大学福武ホール地下2F 福武ラーニングシアターにて開催された。

登壇者は、隠岐さや香氏(名古屋大学)、藤沢美由紀氏(毎日新聞)、ブルボンヌ氏(女装パフォーマー、エッセイスト)、増原裕子(トロワ・クルール)。司会は小島慶子氏(エッセイスト、東京大学)が務め、LGBTに関するメディア表現について、当事者を交えて議論された。

LGBTに関するメディア表現と当事者たちの反応

 近年、LGBTにまつわるイシューやコンテンツに注目が集まっている。LGBT当事者たちは、これらをどのように受け止めているのだろうか。

2018年、男性同士の年の差恋愛をモチーフにした深夜ドラマ「おっさんずラブ」(テレビ朝日系)が大ヒットした。男性同性愛者で女装パフォーマー、エッセイストのブルボンヌ氏は、同作がゲイ当事者の間で広く支持されたと述べる。若くて美しい男性で構成されがちなボーイズラブと異なり、年齢、容姿ともに多様な男性が登場したことが要因だ。

女性同性愛者でLGBTアクティビストの増原裕子氏は、同性愛と異性愛がほぼフラットに描かれていた点で同作を評価した。「同性愛」「ゲイ」といった表現がほとんどなく、登場人物が無理矢理カミングアウトさせられたり偏見に苦しんだりといったシーンも少なかったため、LGBT当事者を含む視聴者に広く受け入れられたと考えられる。

 一方で、女性同士のラブロマンスを描いた映画「CAROL」(2014年/イギリス)のように、女性同性愛に関するコンテンツに登場するのは若く美しい女性ばかりになりやすい。女性同性愛はポルノのいちジャンルとして長く男性に消費されてはきたが、「おばさんずラブ」のような形でヒットすることは難しいだろうと増原氏。ブルボンヌ氏は、アイドルファンの例を挙げ、コンテンツ消費においても女性より男性のほうが若く美しい異性を追い求める傾向にあるためではないかと推察した。

 他方で、2018年にLGBT当事者たちに大きな波紋を呼んだのが、「新潮45」(2018年8月号)での自民党の杉田水脈衆院議員の発言だ。杉田議員は「LGBTは子どもを産まない、生産性がない」などとして炎上し、最終的に同誌は休刊に追い込まれた。

 ブルボンヌ氏によれば、杉田議員の発言はLGBT当事者の多様性、そして分断を可視化した。同じLGBT当事者といっても、個々に抱えるトラウマや直面する困難、問題意識は異なるため、十把一絡げにはできない。当事者およびその周囲の人々でも、同発言に対する見解がわかれたのみならず、SNS上では極端な反論や共感も目立ったという。

杉田議員の発言は、LGBT非当事者のあいだでも賛否両論を巻き起こした。これまでネット空間におけるLGBTの話題は、ボーイズラブや萌えの文脈から比較的好意的に受容されてきた。しかし、2017年9月に男性同性愛者を思わせるキャラクターが差別的だと物議を醸したバラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」(フジテレビ系)をめぐり、抗議文に応じる形でフジテレビ側が謝罪した頃から風向きが変わり、ネット上にバックラッシュが起きつつある。

 思想史を研究する名古屋大学の隠岐氏は、極端な意見は国を超えて連帯しやすいこと、TwitterなどSNSは極端な意見が目立ちやすくマジョリティーの意見が見えにくくなることを挙げ、そうした背景にも気遣いたいことに言及した。

メディアの取材を受け、傷つけられるLGBT当事者たち

 コンテンツのヒットや炎上事件だけでなく、自治体による同性パートナーシップ制度や企業によるLGBT社員への福利厚生など制度の整備という面でも社会が変容し、LGBTに関する報道の数もまた増加している。メディアがLGBTについて取り上げる際の問題点とは、何なのだろうか。

2014年からLGBT関連の取材を続ける毎日新聞記者の藤沢美由紀氏は、記事の執筆だけでなく、2015年からは社内勉強会の開催や用語集の作成に取り組んできた。しかし、自社を含めて新聞の表現にさえいまだLBGTの不理解を感じること、被取材者から記者の問題ある言動を見聞きしたこと、用語の誤用がなくならないことを問題視し、2018年4月には、新聞やテレビ、ウェブメディアで取材を受けたLGBT当事者70人を対象にアンケートを実施した。

 同アンケートでは、約9割がメディアによる取材はLGBTに関する知識の周知や当事者同士の連携につながったとする一方で、同様に約9割が不快な経験をしていることがわかった。

「過去5年以内に取材を受けて経験したこと」で最も多かったのは「記者が勉強不足だと感じた」(66%)で、性的指向と性自認を混同したり、差別的な発言や用語の誤用があったりという具体例が挙げられた。LGBTに関する勉強不足は被取材者自身のアイデンティティーを否定するため、人権の観点からも問題視される。また、性自認と異なる性別として物事を対処されるなどセクシュアリティーを尊重されないケース、許可していない情報の公開、撮影不可エリアの撮影など、アウティングにつながるようなプライバシーの侵害があったケースも少なくなかった。

 「過去5年ほどで目にした報道で違和感を抱いたもの」として挙がったのは、「誤った用語の使い方や説明」(77%)、「先入観のある描き方」(73%)、「差別的な言葉づかいや表現」(36%)など。その他では、「同性婚への反対など当事者のネガティブな意見を同じ分量で取り上げないでほしい」という意見も無視できないだろう。ことに新聞媒体は中立の立場を表明するために両論併記をしがちだが、藤沢氏は差別を受けている少数派の人々の人権を守るためには、それが必要ない場面もあるのではと問題提起した。

 現在、「LGBT」は性的少数者を包括的に示す単語として使用されがちだ。しかしLGBTという単語は、キャッチーな響きでその認知度向上に貢献した一方、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)の頭文字をとったものであり、その他の性的少数者を排除しかねない。そのため、「Q(Queer=性的少数者)」「I(Intersex=性分化疾患)」を併記した「LGBTQ」「LGBTI」などが使用されることもある。

 近年は、「SOGI(Sexual Orientation Gender Identity=性的志向と性自認)」をベースとした考え方も広まりつつある。これは、性的少数者をマイノリティーとしてくくるのではなく、性的多数者を含むすべての人がそれぞれにSOGIをもつというもの。性的少数者も性的多数者と地続きであるという意識が、少しずつ広まってきているのだ。

 個人やメディアの発信とは別の難しさがあるのが、法律など制度を作る際の言葉選びだ。隠岐氏は、公式文書を作成する際、当事者団体等には認識されているが、公的な組織および法律において合意された定義のない言葉の使用が難しいことを指摘。自身が所属する日本学術会議「LGBTIの権利保障分科会」では、やむをえず「Q」ではなく「I」を加えているとする。「I」は国際連合の公式文書での使用例があるが、「Q」にはそれがない。

 呼称となる言葉には、正確性が求められる。一方で、性的少数者をめぐってはさらなる認知の拡大が必要であり、不正確でもキャッチーな言葉を選択したほうがよい場面もあるだろう。

 例えば、2018年11月に公開されたソーシャルゲーム「美少女戦士セーラームーンCrystal×モンスターストライク」のCMでは、セーラー戦士に扮したタレントのりゅうちぇる、メイプル超合金のカズレーサーと安藤なつ、モデルの多屋来夢が登場し、「楽しいことも、ジェンダーフリーに」というメッセージが流れる。ジェンダーフリーとは、性別役割にとらわれないこと。3人のうちカズレーサーは、バイセクシュアルを公言してはいるものの、ジェンダー役割にとらわれずファッションを楽しむほかの3人とはキャラクターが異なる。だが、そうした“なんとなく”な言葉のチョイスが、LGBT当事者を含め意外と好意的に受け止められているのも事実なのだ。

受け手の肯定的な反応がメディア表現の正義を決める

 質疑応答では、ネット空間でのメディアと受け手の対話について議論が深められた。媒体の両論併記に関する質疑を受け、隠岐氏はいまメディアに求められているのは個々の人権に関する考え方の表明だと指摘。LGBTに関して報じる際、メディアはむしろ積極的にポジションを取っていくべきとした。また受け手側も、人権を尊重する報道、コンテンツに対して積極的に肯定的な意見を出していくべきであり、それこそが極論の目立ちやすいネット空間を健やかに保つ鍵になる。LGBT非当事者はできることはないと勘違いしがちだが、身構えず、好ましい人権観を広めていくことが平等につながると結論づけられた。