第2回メディアと表現について考えるシンポジウム「徹底検証 炎上リスク―そのジェンダー表現はアリか」

Last updated on: Published by: medi 0

2017年12月20日、「第2回メディアと表現について考えるシンポジウム『徹底検証 炎上リスク―そのジェンダー表現はアリか』」が、東京大学福武ホールB2F・ラーニングシアターにて開催された。

登壇者は、伊東正仁氏(損保ジャパン日本興亜)、小島慶子氏(エッセイスト)、鎮目博道氏(テレビ朝日)、千田有紀氏(武蔵大学)、高田聡子氏(マッキャンエリクソン)、松中権氏(NPO法人グッド・エイジング・エールズ)。司会は治部れんげ氏(ジャーナリスト、昭和女子大学現代ビジネス研究所)が務め、SNSでの炎上がなぜ起こるのかについて多角的に議論しながら、メディア表現のあり方を探った。

テレビCMよりもウェブCMが炎上しやすい理由

 近年、広告やメディアの表現が差別的だとして、SNSを中心に炎上するケースが頻発している。広告代理店マッキャンエリクソンでクリエイティブディレクターを務める髙田聡子氏は、一般的な広告制作の仕方に触れつつ、炎上の背景を考察した。

 広告の制作は、企業などクライアントからの発注から始まる。広告代理店は商品やサービスをPRするための戦略、企画を立案し、制作会社とともに広告を制作。その後、購入したテレビや新聞、動画配信サービスなどの広告枠に出稿する。

 広告のひとつであるCMには、テレビCMとウェブCMの2種類がある。炎上が起こりやすいのは圧倒的に後者だ。高田氏は、それを双方の作られ方の違いに起因するものだと述べる。

テレビCMは大きな予算が割かれることもあり、現場のみならず広告代理店の法務チェック、クライアントの幹部による試写、テレビ局の考査など多くの審査が行われる。一方で、ウェブCMは予算が少なく、テレビCMほどの審査が行われない。またメディアに出稿するための予算も少なく、制作側は冒険してバズらせなければというプレッシャーにさらされているのだという。

 高田氏は、「バズることと炎上は表裏一体」だと指摘。“刺さる”CMは心の奥に響く一方で、心を深く傷つけるリスクも同時に抱えているとした。

 クライアント自身が炎上を狙うことは99.9%ないと高田氏。炎上は、積み上げてきたブランドイメージを一気に崩壊させてしまうからだ。

伊東正仁氏が取締役常務執行役員を務める損保ジャパン日本興亜では「ネット炎上対応費用保険」という商品も登場している。保険とは、一定の発生率があり、同時に一定のリスクがあるときに初めて成立する商品。つまり、企業にとって炎上は、保険をかけておきたいほどにハイリスクと見なされているのである。

テレビメディアのなかの性的マイノリティー

2017年9月、バラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」(フジテレビ系)の30周年記念特番で、保毛尾田保毛男という男性同性愛者を揶揄したキャラクターが再登場し、SNSを中心に炎上した。

LGTBの視点から多様性のある社会を目指すNPO法人グッド・エイジング・エールズの松中権氏は、議論をネット上で終始させないため、翌朝に抗議文という形にまとめてフジテレビへ提出。翌週には両者による話し合いの場が設けられ、同月末の定例会見ではフジテレビ社長自らが公式謝罪するに至った。

 30年あまり前に大ヒットした同キャラクターは、男性同性愛者のステレオタイプを作り上げ、イメージを固定化。偏見の目で見られた当事者がいじめに遭ったり、家庭から追い出されたりする原因にもなったと松中氏は指摘。テレビで放送された差別的表現は、翌朝には学校や職場で再生産される。放送の翌朝に抗議文を提出した目的は、メディア表現のあり方の再考を促すと同時に、差別の再生産を止めることにもあった。

フジテレビは協議の席で、同キャラクターが放送されるに至った理由を、バラエティ番組の台本がドラマなどと異なり、直前まで考査部でのチェックが行われないことにあると説明したという。ただ松中氏は、制作現場のヒエラルキーが強固で、制作をリードするプロデューサーやディレクター、放送作家、タレントなどが強力な意思決定権を握っていることが最大の理由だと述べる。事実、今回も差別的ではと危惧する若手スタッフたちはいたものの、声を上げることはできなかったという。

一般企業ではいま、ダイバーシティの実現こそが成長の要と認識されている。しかし、テレビ朝日の報道局クロスメディアセンターでネットテレビ「AbemaTV」にも関わっている鎮目博道氏は、古いコンテンツによって好調な時代を取り戻そうという時代錯誤な意識が、テレビ業界全体に蔓延していると話す。ネットテレビであっても、男性目線で制作された番組の視聴率が高い傾向があり、マイノリティーへの配慮はされづらい環境だ。

テレビで“オネエ系”と呼ばれる性的マイノリティーたちが活躍する一方で、そのイメージがステレオタイプ化していること、レズビアンやトランスジェンダー男性がほぼ登場しないことを問題視する声もある。男性優位社会であるメディア業界において、男性が女性の側へ「降りる」ことは許されても、女性が男性の側に「上がる」ことは許されないのだろうという言及もあった。

炎上はしないけれど……グレーなメディア表現を考える

 メディア表現の難しさは、明らかに差別的なものばかりではない点にある。2017年11月に公開されたP&G「JOY」の動画CM「ふたりでわけあうもの」は、共働き夫婦の家事分担と気持ちの分かち合いをテーマにして子育て世代の共感を得た。

だが、社会学者の千田有紀氏は、同CMの大学生からの評価は低いと述べる。描かれた夫婦像が学生たちにとって理想として機能しておらず、また男女ともに生涯未婚率が上がり続けるいま、その夫婦像は羨望の対象として、同時に叶えがたい夢としてダブルバインド的にも映るからだ。

他方で松中氏は、日本では広告全般においてストレートカップルのみが幸福な家族像として描かれがちであり、海外と大きな温度差があると指摘した。

 2018年の冬季オリンピックに向けて2017年11月に公開されたP&GのグローバルCM「Thank You, Mom(ゆるぎない母の愛)」は、不平等や偏見といった困難に立ち向かうアスリートを影で支えた母親の姿を描いたものだ。

高田氏によると、同CMは登場する人物の人種や宗教、障がいの有無などが多様であるという点から、世界的に絶賛された。しかし、同CMは性的役割分担の肯定だけでなく、子どもの将来が母親の努力次第で決まるというメッセージを読み取ることもできる。その意味で、登場人たちに共感できない母親、そして子どもたちを抑圧しかねないという意見も挙がった。

2016年11月に公開された宮崎県日向市のPR動画「Net surfer becomes Real surfer」は、ネットサーフィンが趣味の小太りの青年が、日向市でサーフィンをはじめて内面、外見ともに変化していくストーリー。高田氏は、自然な形で若者の成長を描いたとして業界内で高く評価されている作品だと述べる。

それに対し、鎮目氏は変化前の姿に共感があるとして不快感を示した。同様に、自身を否定されたようで不快になる視聴者はいるだろう。ただ千田氏は、男性が今まで突きつけられてこなかったルッキズムを体感するという意味では、問題提起的でもあると評価した。

多様性のあるメディア表現とは何か

 質疑応答では、テレビや広告でのメディア表現について制作者、出演者の意見を交えてあらためて議論が深められた。

「テレビの出演者には自ら差別的に笑われることを望む人もいる」という質疑者の意見に対して、アナウンサーとして15年放送局に勤務経験のあるエッセイストの小島慶子氏は、そもそもテレビ業界には、自ら笑われることができる出演者は優秀であるという空気があることに触れた。

しかし、テレビ番組やCMで放送、公開が終了しても、職場や学校においては、容姿や年齢を笑いに変えられないのは野暮だという暴力は終わらない。出演者は自身がロールモデルになり得る自覚を持つべきであり、一方の視聴者は個人攻撃をするのでなく、暴力が商品として扱われ、広くシェアされる業界の構造を疑うべきと強調した。

 別に質疑者からは「SNSなどで批判が可視化されるようになり、制作はしにくくなっているのではないか」という疑問が上がった。高田氏は、多くの制作者が企画の段階からSNSでの反応について視野に入れていると述べつつも、そもそもすべての人が100%納得するメッセージは存在しないと示唆。重要なのは、一定の価値観に偏らず議論の余地を残すことではないかと結論づけた。

Related posts